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第1章

1 我われらの中うちに[*]成󠄃なりし事ことの物語ものがたりにつき、始はじめよりの目擊者もくげきしゃにして、[*或は「篤く信ぜられたる事」と譯す。] 2 御言みことばの役者えきしゃとなりたる人々ひとびとの、我われらに傳つたへし、其そのままを、書かき列つらねんと、手てを著つけし者ものあまたある故ゆゑに、 3 我われも凡すべての事ことを最初さいしょより詳細つまびらかに推おし尋󠄃たづねたれば、 4 テオピロ閣下かくかよ、汝なんぢの敎をしへられたる事ことの慥たしかなるを悟さとらせん爲ために、これが序ついでを正たゞして書かき贈おくるは善よき事ことと思おもはるるなり。

5 ユダヤの王わうヘロデの時とき、アビヤの組くみの祭司さいしに、ザカリヤという人ひとあり。その妻つまはアロンの裔すゑにて名なをエリサベツといふ。 6 二人ふたりながら神かみの前󠄃まへに正たゞしくして、主しゅの誡命いましめと定規さだめとを、みな缺かけなく行おこなへり。 7 エリサベツ石女うまずめなれば、彼かれらに子こなし、また二人ふたりとも年とし邁すゝみぬ。

8 さてザカリヤその組くみの順番まはりに當あたりて、神かみの前󠄃まへに祭司さいしの務つとめを行おこなふとき、 9 祭司さいしの慣例ならはしにしたがひて、籤くじをひき主しゅの聖󠄃所󠄃せいじょに入いりて、香かうを燒やくこととなりぬ。 10 香かうを燒やくとき民たみの群むれみな外そとにありて祈いのりゐたり。 11 時ときに主しゅの使󠄃つかひあらはれて、香壇かうだんの右みぎに立たちたれば、 12 ザカリヤ之これを見みて、心こゝろ騷さわぎ懼おそれを生しゃうず。 13 御使󠄃みつかひいふ『ザカリヤよ懼おそるな、汝なんぢの願ねがひは聽きかれたり。汝なんぢの妻つまエリサベツ男子なんしを生うまん、汝なんぢその名なをヨハネと名なづくべし。 14 なんぢに喜悅よろこびと歡樂たのしみとあらん、又󠄂またおほくの人ひともその生うまるるを喜よろこぶべし。 15 この子こ、主しゅの前󠄃まへに大おほいならん、また葡萄酒ぶだうしゅと濃こき酒さけとを飮のまず、母ははの胎たいを出いづるや聖󠄃せい靈れいにて滿みたされん。
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16 また多おほくのイスラエルの子こらを、主しゅなる彼かれらの神かみに歸かへらしめ、 17 且かつエリヤの靈れいと能力ちからとをもて、主しゅの前󠄃まへに往󠄃ゆかん。これ父󠄃ちちの心こゝろを子こに、戻󠄃もどれる者ものを義人ぎじんの聰明さときに歸かへらせて、整とゝのへたる民たみを主しゅのために備そなへんとてなり』 18 ザカリヤ御使󠄃みつかひにいふ『何なにに據よりてか此この事ことあるを知しらん。我われは老人としよりにて、妻つまもまた年とし邁すゝみたり』 19 御使󠄃みつかひこたへて言いふ『われは神かみの御前󠄃みまへに立たつガブリエルなり、汝なんぢに語かたりてこの嘉よき音󠄃信おとづれを吿つげん爲ために遣󠄃つかはさる。 20 視みよ、時ときいたらば、必かならず成󠄃就じゃうじゅすべき我わが言ことばを信しんぜぬに因より、なんぢ物もの言いへずなりて、此これらの事ことの成󠄃なる日ひまでは語かたること能あたはじ』 21 民たみはザカリヤを俟まちゐて、其その聖󠄃所󠄃せいじょの內うちに久ひさしく留とどまるを怪あやしむ。 22 遂󠄅つひに出いで來きたりたれど語かたること能あたはねば、彼かれらその聖󠄃所󠄃せいじょの內うちにて異象いしやうを見みたることを悟さとる。ザカリヤは、ただ首くびにて示しめすのみ、なほ啞おふしなりき。 23 斯かくて務つとめの日ひ滿みちたれば、家いへに歸かへりぬ。〘79㌻〙

24 此この後のちその妻つまエリサベツ孕みごもりて五月󠄃いつつきほど隱かくれをりて言いふ、 25 『主しゅ、わが恥はぢを人ひとの中なかに雪󠄃すゝがせんとて、我われを顧󠄃かへりみ給たまふときは、斯かく爲なし給たまふなり』

26 その六月󠄃むつきめに、御使󠄃みつかひガブリエル、ナザレといふガリラヤの町まちにをる處女をとめのもとに、神かみより遣󠄃つかはさる。 27 この處女をとめはダビデの家いへのヨセフといふ人ひとと許嫁いひなづけせし者ものにて、其その名なをマリヤと云いふ。 28 御使󠄃みつかひ、處女をとめの許もとにきたりて言いふ『めでたし、惠めぐまるる者ものよ、主しゅなんぢと偕ともに在いませり[*]』[*異本「なんぢば女のうちにて惠まるる者なり」との句を加ふ。] 29 マリヤこの言ことばによりて心こゝろいたく騷さわぎ、斯かゝる挨拶あいさつは如何いかなる事ことぞと思おもひ廻めぐらしたるに、 30 御使󠄃みつかひいふ『マリヤよ、懼おそるな、汝なんぢは神かみの御前󠄃みまへに惠めぐみを得えたり。 31 視みよ、なんぢ孕みごもりて男子なんしを生うまん、其その名なをイエスと名なづくべし。 32 彼かれは大おほいならん、至高者いとたかきものの子こと稱󠄄となへられん。また主しゅたる神かみ、これに其その父󠄃ちちダビデの座位くらゐをあたへ給たまへば、
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33 ヤコブの家いへを永遠󠄄とこしへに治をさめん。その國くには終󠄃をはることなかるべし』 34 マリヤ御使󠄃みつかひに言いふ『われ未いまだ人ひとを知しらぬに、如何いかにして此この事ことのあるべき』 35 御使󠄃みつかひこたへて言いふ『聖󠄃せい靈れいなんぢに臨のぞみ、至高者いとたかきものの能力ちからなんぢを被おほはん。此この故ゆゑに汝なんぢが生うむところの聖󠄃せいなる者ものは、神かみの子こと稱󠄄となへらるべし。 36 視みよ、なんぢの親族しんぞくエリサベツも、年とし老おいたれど、男子なんしを孕はらめり。石女うまずめといはれたる者ものなるに、今いまは孕みごもりてはや六月󠄃むつきになりぬ。 37 それ神かみの言ことばには能あたはぬ所󠄃ところなし』 38 マリヤ言いふ『視みよ、われは主しゅの婢女はしためなり。汝なんぢの言ことばのごとく、我われに成󠄃なれかし』つひに御使󠄃みつかひ、はなれ去さりぬ。

39 その頃ころマリヤ立たちて、山里やまざとに急󠄃いそぎ往󠄃ゆき、ユダの町まちにいたり、 40 ザカリヤの家いへに入いりてエリサベツに挨拶あいさつせしに、 41 エリサベツ、その挨拶あいさつを聞きくや、兒こは胎內たいないにて躍󠄃をどれり。エリサベツ聖󠄃せい靈れいにて滿みたされ、 42 聲こゑ高たからかに呼よばはりて言いふ『をんなの中うちにて汝なんぢは祝福しくふくせられ、その胎たいの實みもまた祝福しくふくせられたり。 43 わが主しゅの母ははわれに來きたる、われ何なにによりてか之これを得えし。 44 視みよ、なんぢの挨拶あいさつの聲こゑ、わが耳みゝに入いるや、我わが兒こ、胎內たいないにて喜よろこびをどれり。 45 信しんぜし者ものは幸福さいはひなるかな、主しゅの語かたり給たまふことは必かならず成󠄃就じゃうじゅすべければなり』 46 マリヤ言いふ、 『わが心こゝろ、主しゅを崇あがめ、 47 わが靈れいは、わが救主すくひぬしなる神かみを喜よろこび奉まつる。 48 その婢女はしための卑いやしきをも顧󠄃かへりみ給たまへばなり。 視みよ、今いまよりのち萬よろづ世よの人ひと、われを幸福さいはひとせん。 49 全󠄃能者ぜんのうしゃ、われに大おほいなる事ことを爲なしたまへばなり。 その御名みなは聖󠄃せいなり、〘80㌻〙 50 その憐憫あはれみは代々よよ 畏かしこみ恐おそるる者ものに臨のぞむなり。 51 神かみは御腕みうでにて權力ちからをあらはし、[*]心こゝろの念おもひに高たかぶる者ものを散ちらし、[*或は「高ぶる者をその心の企圖󠄃にて散らし」と譯す。] 52 權勢いきほひある者ものを座位くらゐより下おろし、 卑いやしき者ものを高たかうし、
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53 飢󠄄うゑたる者ものを善よきものに飽󠄄あかせ、 富とめる者ものを空󠄃むなしく去さらせ給たまふ。 54 また我われらの先祖せんぞに吿つげ給たまひし如ごとく、 55 アブラハムと、その裔すゑとに對たいする憐憫あはれみを、永遠󠄄とこしへに忘󠄃わすれじとて、 僕しもべイスラエルを助たすけ給たまへり』 56 斯かくてマリヤは、三月󠄃みつきばかりエルザベツと偕ともに居をりて、己おのが家いへに歸かへれり。

57 偖さてエリサベツ產うむ期ときみちて男子なんしを生うみたれば、 58 その最寄もよりのもの親族しんぞくの者ものども主しゅの大おほいなる憐憫あはれみを、エリサベツに垂たれ給たまひしことを聞ききて、彼かれとともに喜よろこぶ。 59 八日やうかめになりて、其その子こに割󠄅禮かつれいを行おこなはんとて人々ひとびときたり、父󠄃ちちの名なに因ちなみてザカリヤと名なづけんとせしに、 60 母ははこたへて言いふ『否いな、ヨハネと名なづくべし』 61 かれら言いふ『なんぢの親族しんぞくの中うちには此この名なをつけたる者ものなし』 62 而しかして父󠄃ちちに首かうべにて示しめし、いかに名なづけんと思おもふか、問とひたるに、 63 ザカリヤ書板かきいたを求もとめて『その名なはヨハネなり』と書かきしかば、みな怪あやしむ。

64 ザカリヤの口くちたちどころに開ひらけ、舌したゆるみ、物ものいひて神かみを讃ほめたり。 65 最寄もよりに住󠄃すむ者ものみな懼おそれをいだき、又󠄂またすべて此これ等らのこと徧あまねくユダヤの山里やまざとに言いひ囃はやされたれば、 66 聞きく者ものみな之これを心こゝろにとめて言いふ『この子こは如何いかなる者ものにか成󠄃ならん』主しゅの手てかれと偕ともに在ありしなり。 67 斯かくて父󠄃ちちザカリヤ聖󠄃せい靈れいにて滿みたされ預言よげんして言いふ 68 『讃ほむべきかな、主しゅイスラエルの神かみ、 その民たみを顧󠄃かへりみて贖罪あがなひをなし、 69 我等われらのために救すくひの角つのを、 その僕しもべダビデの家いへに立たて給たまへり。 70 これぞ古いにしへより聖󠄃せい預言者よげんしゃの口くちをもて言いひ給たまひし如ごとく、 71 我われらを仇あたより、凡すべて我われらを憎にくむ者ものの手てより、取とり出いだしたまふ救すくひなる。 72 我われらの先祖せんぞに憐憫あはれみをたれ、その聖󠄃せいなる契󠄅約けいやくを思おぼし、 73 我われらの先祖せんぞアブラハムに立たて給たまひし御誓みちかひを忘󠄃わすれずして、〘81㌻〙
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74 我われらを仇あたの手てより救すくひ、 生涯しゃうがい、主しゅの御前󠄃みまへに、 75 聖󠄃せいと義ぎとをもて懼おそれなく事つかへしめ給たまふなり。 76 幼兒をさなごよ、なんぢは至高者いとたかきものの預言者よげんしゃと稱󠄄となへられん。 これ主しゅの御前󠄃みまへに先さきだちゆきて其その道󠄃みちを備そなへ、 77 主しゅの民たみに罪つみの赦ゆるしによる救すくひを知しらしむればなり。 78 これ我われらの神かみの深ふかき憐憫あはれみによるなり。 この憐憫あはれみによりて、朝󠄃あさの光ひかり、上うへより臨のぞみ、 79 暗󠄃黑くらきと死しの蔭かげとに坐ざする者ものをてらし、 我われらの足あしを平󠄃和へいわの路みちに導󠄃みちびかん』 80 斯かくて幼兒をさなごは漸やゝに成󠄃長せいちゃうし、その靈れい强つよくなり、イスラエルに現あらはるる日ひまで荒野あらのにゐたり。

第2章

1 その頃ころ、天下てんかの人ひとを戶籍こせきに著つかすべき詔令みことのりカイザル・アウグストより出いづ。 2 この戶籍こせき登錄とうろくは、クレニオ、シリヤの總󠄂督そうとくたりし時ときに行おこなはれし初はじめのものなり。 3 さて人ひとみな戶籍こせきに著つかんとて、各自おのおのその故郷ふるさとに歸かへる。 4 ヨセフもダビデの家系いへすぢまた血統ちすぢなれば、 5 旣󠄁すでに孕はらめる許嫁いひなづけの妻つまマリヤとともに、戶籍こせきに著つかんとて、ガリラヤの町まちナザレを出いでてユダヤに上のぼり、ダビデの町まちベツレヘムといふ處ところに到いたりぬ。 6 此處ここに居をるほどに、マリヤ月󠄃つき滿みちて、 7 初子うひごをうみ之これを布ぬのに包󠄃つゝみて馬槽うまぶねに臥ふさせたり。旅󠄃舍はたごやにをる處ところなかりし故ゆゑなり。

8 この地ちに野宿のじゅくして夜よる、群むれを守まもりをる牧者ひつじかひありしが、 9 主しゅの使󠄃つかひその傍かたはらに立たち、主しゅの榮光えいくわうその周󠄃圍󠄃まはりを照てらしたれば、甚いたく懼おそる。 10 御使󠄃みつかひかれらに言いふ『懼おそるな、視みよ、この民たみ、一般いっぱんに及およぶべき、大おほいなる歡喜よろこびの音󠄃信おとづれを我われなんぢらに吿つぐ、 11 今日けふダビデの町まちにて汝なんぢらの爲ために救主すくひぬしうまれ給たまへり、これ主しゅキリストなり。 12 なんぢら布ぬのにて包󠄃つゝまれ、馬槽うまぶねに臥ふしをる嬰兒みどりごを見みん、是これその徴しるしなり』 13 忽たちまちあまたの天てんの軍勢ぐんぜい、御使󠄃みつかひに加くははり、神かみを讃美さんびして言いふ、
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14 『[*]いと高たかき處ところには榮光えいくわう、神かみにあれ。 地ちには平󠄃和へいわ、主しゅの悅よろこび給たまふ人ひとにあれ』[*異本「いと高き處には榮光、神に、地には平󠄃和、人には惠あれ」とあり。] 15 御使󠄃みつかひ等たちさりて天てんに往󠄃ゆきしとき、牧者ひつじかひたがひに語かたる『いざ、ベツレヘムにいたり、主しゅの示しめし給たまひし起󠄃おこれる事ことを見みん』 16 乃すなはち急󠄃いそぎ往󠄃ゆきて、マリヤとヨセフと、馬槽うまぶねに臥ふしたる嬰兒みどりごとに尋󠄃たづねあふ。〘82㌻〙 17 旣󠄁すでに見みて、この子こにつき御使󠄃みつかひの語かたりしことを吿つげたれば、 18 聞きく者ものはみな牧者ひつじかひの語かたりしことを怪あやしみたり。 19 而しかしてマリヤは凡すべて此これ等らのことを心こゝろに留とどめて思おもひ囘まはせり。 20 牧者ひつじかひは御使󠄃みつかひの語かたりしごとく凡すべての事ことを見み聞きゝせしによりて神かみを崇あがめ、かつ讃美さんびしつつ歸かへれり。

21 八日やうかみちて幼兒をさなごに割󠄅禮かつれいを施ほどこすべき日ひとなりたれば、未いまだ胎內たいないに宿やどらぬ先さきに御使󠄃みつかひの名なづけし如ごとく、その名なをイエスと名なづけたり。

22 モーセの律法おきてに定さだめたる潔󠄄きよめの日ひ滿みちたれば、彼かれら幼兒をさなごを携たづさへて、エルサレムに上のぼる。 23 これは主しゅの律法おきてに『すべて初子うひごに生うまるる男子なんしは主しゅにつける聖󠄃せいなる者ものと稱󠄄となへらるべし』と錄しるされたる如ごとく、幼兒をさなごを主しゅに獻さゝげ、 24 また主しゅの律法おきてに『山鳩やまばと、一ひと對つがひあるひは家いへ鴿ばとの雛ひな二に羽は』と云いひたるに遵󠄅したがひて、犧牲いけにへを供そなへん爲ためなり。 25 視みよ、エルサレムにシメオンといふ人ひとあり。この人ひとは義ぎかつ敬虔けいけんにしてイスラエルの慰なぐさめられんことを待まち望󠄇のぞむ。聖󠄃せい靈れいその上うへに在います。 26 また聖󠄃せい靈れいに主しゅのキリストを見みぬうちは死しを見みずと示しめされたれしが、 27 此このとき、御靈みたまに感かんじて宮みやに入いる。兩親ふたおやその子こイエスを携たづさへ、この子このために律法おきての慣例ならはしに遵󠄅したがひて、行おこなはんとて來きたりたれば、 28 シメオン、イエスを取とりいだき、神かみを讃ほめて言いふ、 29 『主しゅよ、今いまこそ御言みことばに循したがひて 僕しもべを安やすらかに逝󠄃ゆかしめ給たまふなれ。 30 わが目めは、はや主しゅの救すくひを見みたり。 31 是これもろもろの民たみの前󠄃まへに備そなへ給たまひし者もの、 32 異邦󠄆人いはうじんを照てらす光ひかり、 御民みたみイスラエルの榮光えいくわうなり』
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33 かく幼兒をさなごに就つきて語かたることを、其その父󠄃ちち母ははあやしみ居ゐたれば、 34 シメオン彼かれらを祝しくして母ははマリヤに言いふ『視みよ、この幼兒をさなごは、イスラエルの多おほくの人ひとの或あるひは倒たふれ、或あるひは起󠄃たたん爲ために、また言いひ逆󠄃さからひを受うくる徴しるしのために置おかる。 35 ――劍つるぎなんぢの心こゝろをも刺さし貫󠄄つらぬくべし――これは多おほくの人ひとの心こゝろの念おもひの顯あらはれん爲ためなり』

36 爰こゝにアセルの族やからパヌエルの娘むすめに、アンナといふ預言者よげんしゃあり、年としいたく老おゆ。處女をとめのとき、夫をっとに適󠄄ゆきて[*]七しち年ねんともに居をり、[*或は「七年ともにをりて寡婦󠄃となり今は八十四歳なり」と譯す。] 37 八はち十四年じふよねん寡婦󠄃やもめたり。宮みやを離はなれず、夜よるも晝ひるも、斷食󠄃だんじきと祈禱きたうとを爲なして神かみに事つかふ。 38 この時ときすすみ寄よりて、神かみに感謝󠄃かんしゃし、また凡すべてエルサレムの拯贖あがなひを待まちのぞむ人ひとに、幼兒をさなごのことを語かたれり。

39 さて主しゅの律法おきてに遵󠄅したがひて、凡すべての事ことを果はたしたれば、ガリラヤに歸かへり、己おのが町まちナザレに到いたれり。〘83㌻〙

40 幼兒をさなごは漸やゝに成󠄃長せいちゃうして健󠄄すこやかになり、智慧󠄄ちゑみち、かつ神かみの惠めぐみその上うへにありき。

41 斯かくてその兩親ふたおや、過󠄃越すぎこしの祭まつりには年每としごとにエルサレムに往󠄃ゆきぬ。 42 イエスの十二じふに歳さいのとき、祭まつりの慣例ならはしに遵󠄅したがひて上のぼりゆき、 43 祭まつりの日ひ終󠄃をはりて歸かへる時とき、その子こイエスはエルサレムに止とゞまりたまふ。兩親ふたおやは之これを知しらずして、 44 道󠄃伴󠄃みちづれのうちに居をるならんと思おもひ、一日いちにち路ぢゆきて、親族しんぞく・知邊󠄎しるべのうちを尋󠄃たづぬれど、 45 遇󠄃あはぬに因よりて復またたづねつつエルサレムに歸かへり、 46 三日みっかののち、宮みやにて敎師けうしのなかに坐ざし、かつ聽きき、かつ問とひゐ給たまふに遇󠄃あふ。 47 聞きく者ものは皆みなその聰さときと答こたへとを怪あやしむ。 48 兩親ふたおやイエスを見みて、いたく驚をどろき、母ははは言いふ『兒こよ、何なに故ゆゑかかる事ことを我われらに爲せしぞ、視みよ、汝なんぢの父󠄃ちちと我われと憂うれひて尋󠄃たづねたり』 49 イエス言いひたまふ『何なに故ゆゑわれを尋󠄃たづねたるか、我われは[*]わが父󠄃ちちの家いへに居をるべきを知しらぬか』[*或は「我が父󠄃の事を務むべきを知らぬか」と譯す。]
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50 兩親ふたおやはその語かたりたまふ事ことを悟さとらず。 51 斯かくてイエス彼かれ等らとともに下くだり、ナザレに往󠄃ゆきて順したがひ事つかへたまふ。其その母ははこれらの事ことをことごとく心こゝろに藏をさむ。

52 イエス智慧󠄄ちゑも[*]身みのたけも彌いや增まさり神かみと人ひととにますます愛あいせられ給たまふ。[*或は「齡」と譯す。]

第3章

1 テベリオ・カイザル在位ざいゐの十じふ五ご年ねんポンテオ・ピラトは、ユダヤの總󠄂督そうとく、ヘロデはガリラヤ分󠄃封ぶんばうの國守こくしゅ、その兄弟きゃうだいピリポは、イツリヤ及およびテラコニテの地ちの分󠄃封ぶんばうの國守こくしゅ、ルサニヤはアビレネ分󠄃封ぶんばうの國守こくしゅたり、 2 アンナスとカヤパとは大だい祭司さいしたりしとき、神かみの言ことば、荒野あらのにてザカリヤの子こヨハネに臨のぞむ。 3 斯かくてヨルダン河がはの邊󠄎ほとりなる四方しはうの地ちにゆき、罪つみの赦ゆるしを得えさする悔改くいあらためのバプテスマを宣傳のべつたふ。 4 預言者よげんしゃイザヤの言ことばの書ふみに 『荒野あらのに呼よばはる者ものの聲こゑす。 「主しゅの道󠄃みちを備そなへ、その路みちすじを直なほくせよ。 5 もろもろの谷たには埋うづめられ、もろもろの山やまと岡をかとは平󠄃たひらげられ、 曲まがりたるは直なほく、嶮けはしきは坦たひらかなる路みちとなり、 6 人ひとみな神かみの救すくひを見みん」』と錄しるされたるが如ごとし。 7 偖さてヨハネ、バプテスマを受うけんとて出いできたる群衆ぐんじゅうにいふ『蝮まむしの裔すゑよ、誰たが汝なんぢらに、來きたらんとする御怒みいかりを避󠄃さくべき事ことを示しめしたるぞ。〘84㌻〙 8 さらば悔改くいあらために相應ふさはしき果みを結むすべ。なんぢら「我われらの父󠄃ちちにアブラハムあり」と心こゝろのうちに言いひ始はじむな。我われなんぢらに吿つぐ、神かみはよく此これらの石いしよりアブラハムの子こ等らを起󠄃おこし得給えたまふなり。 9 斧をのははや樹きの根ねに置おかる。然されば凡すべて善よき果みを結むすばぬ樹きは、伐きられて火ひに投なげ入いれらるべし』 10 群衆ぐんじゅうヨハネに問とひて言いふ『さらば我われら何なにを爲なすべきか』 11 答こたへて言いふ『二ふたつの下衣したぎをもつ者ものは、有󠄃もたぬ者ものに分󠄃わけ與あたへよ。食󠄃物しょくもつを有󠄃もつ者ものもまた然しかせよ』 12 取税人しゅぜいにんもバプテスマを受うけんとて來きたりて言いふ『師しよ、我われら何なにを爲なすべきか』 13 答こたへて言いふ『定さだまりたるものの外ほか、なにをも促はたるな』
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14 兵卒へいそつもまた問とひて言いふ『我われらは何なにを爲なすべきか』答こたへて言いふ『人ひとを劫おびやかし、また誣しひ訴うったふな、己おのが給料きふれうをもて足たれりとせよ』

15 民たみ、待まち望󠄇のぞみゐたれば、みな心こゝろの中うちにヨハネをキリストならんかと論ろんぜしに、 16 ヨハネ凡すべての人ひとに答こたへて言いふ『我われは水みづにて汝なんぢらにバプテスマを施ほどこす、されど我われよりも能力ちからある者ものきたらん、我われはその鞋くつの紐ひもを解とくにも足たらず。彼かれは聖󠄃せい靈れいと火ひとにて汝なんぢらにバプテスマを施ほどこさん。 17 手てには箕みを持もちたまふ。禾場うちばをきよめ、麥むぎを倉くらに納󠄃をさめんとてなり。而しかして殼からは消󠄃きえぬ火ひにて焚やきつくさん』

18 ヨハネこの他ほかなほ、さまざまの勸󠄂すゝめをなして、民たみに福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたふ。 19 然しかるに國守こくしゅヘロデ、その兄弟きゃうだいの妻つまヘロデヤの事ことにつき、又󠄂またその行おこなひたる凡すべての惡あしき事ことにつきて、ヨハネに責せめられたれば、 20 更󠄃さらに復また一ひとつの惡あしき事ことを加くはへて、ヨハネを獄ひとやに閉とぢこめたり。

21 民たみみなバプテスマを受うけし時とき、イエスもバプテスマを受うけて祈いのりゐ給たまへば、天てんひらけ、 22 聖󠄃せい靈れい、形かたちをなして鴿はとのごとく其その上うへに降󠄄くだり、かつ天てんより聲こゑあり、曰いはく『なんぢは我わが愛いつくしむ子こなり、我われなんぢを悅よろこぶ』 23 イエスの、敎をしへを宣のべ始はじめ給たまひしは、年としおほよそ三十さんじふの時ときなりき。人ひとにはヨセフの子こと思おもはれ給たまへり。ヨセフの父󠄃ちちはヘリ、 24 その先さきはマタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、 25 マタテヤ、アモス、ナホム、エスリ、ナンガイ、 26 マハテ、マタテヤ、シメイ、ヨセク、ヨダ、 27 ヨハナン、レサ、ゾロバベル、サラテル、ネリ、 28 メルキ、アデイ、コサム、エルマダム、エル、 29 ヨセ、エリエゼル、ヨリム、マタテ、レビ、 30 シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリヤキム、
 116㌻ 
31 メレヤ、メナ、マタタ、ナタン、ダビデ、 32 エツサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナアソン、 33 アミナダブ、アデミン、アルニ、エスロン、パレス、ユダ、〘85㌻〙 34 ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、 35 セルグ、レウ、ペレグ、エベル、サラ、 36 カイナン、アルパクサデ、セム、ノア、ラメク、 37 メトセラ、エノク、ヤレデ、マハラレル、カイナン、 38 エノス、セツ、アダムに至いたる。アダムは神かみの子こなり。

第4章

1 偖さてイエス聖󠄃せい靈れいにて滿みち、ヨルダン河がはより歸かへり荒野あらのにて、四十しじふ日にちのあひだ御靈みたまに導󠄃みちびかれ、 2 惡魔󠄃あくまに試こゝろみられ給たまふ。この間あひだなにをも食󠄃くらはず、日ひ數󠄄かず滿みちてのち餓󠄃うゑ給たまひたれば、 3 惡魔󠄃あくまいふ『なんぢ若もし神かみの子こならば此この石いしに命めいじてパンと爲ならしめよ』 4 イエス答こたへたまふ『「人ひとの生いくるはパンのみに由よるにあらず」と錄しるされたり』 5 惡魔󠄃あくままたイエスを携たづさへのぼりて瞬間またゝくまに天下てんかのもろもろの國くにを示しめして言いふ、 6 『この凡すべての權威󠄂けんゐと國々くに〴〵の榮華えいぐわとを汝なんぢに與あたへん。我われこれを委ゆだねられたれば、我わが欲ほっする者ものに與あたふるなり。 7 この故ゆゑにもし我わが前󠄃まへに拜はいせば、ことごとく汝なんぢの有󠄃ものとなるべし』 8 イエス答こたへて言いひたまふ『「主しゅなる汝なんぢの神かみを拜はいし、ただ之これにのみ事つかふべし」と錄しるされたり』 9 惡魔󠄃あくままたイエスをエルサレムに連󠄃つれゆき、宮みやの頂上いたゞきに立たたせて言いふ、『なんぢ若もし神かみの子こならば、此處ここより己おのが身みを下したに投なげよ。 10 それは 「なんぢの爲ために御使󠄃みつかひたちに命めいじて守まもらしめ給たまはん」 11 「かれら手てにて汝なんぢを支󠄂さゝへ、 その足あしを石いしに打當うちあつる事ことなからしめん」と錄しるされたるなり』 12 イエス答こたへて言いひたまふ『「主しゅなる汝なんぢの神かみを試こゝろむべからず」と云いひてあり』

13 惡魔󠄃あくまあらゆる甞試こゝろみを盡つくしてのち暫しばらくイエスを離はなれたり。
 117㌻ 

14 イエス御靈みたまの能力ちからをもてガリラヤに歸かへり給たまへば、その聲聞きこえあまねく四方しはうの地ちに弘ひろまる。 15 斯かくて諸しょ會堂くわいだうにて敎をしへをなし、凡すべての人ひとに崇あがめられ給たまふ。

16 偖さてその育そだてられ給たまひし處ところの、ナザレに到いたり例れいのごとく、安息あんそく日にちに會堂くわいだうに入いりて聖󠄃書せいしょを讀よまんとて立たち給たまひしに、 17 預言者よげんしゃイザヤの書ふみを與あたへたれば、其その書ふみを繙ひもときて、かく錄しるされたる所󠄃ところを見出みいだし給たまふ。 18 『主しゅの御靈みたまわれに在います。 これ我われに油あぶらを注そゝぎて貧󠄃まづしき者ものに福音󠄃ふくいんを宣のべしめ、 我われを遣󠄃つかはして囚人めしうどに赦ゆるしを得うることと、 盲人めしひに見みゆる事こととを吿つげしめ、壓󠄂おさへらるる者ものを放はなちて自由じいうを與あたへしめ、 19 主しゅの喜よろこばしき年としを宣傳のべつたへしめ給たまふなり』〘86㌻〙 20 イエス書ふみを卷まき、係かゝりの者ものに返󠄄かへして坐ざし給たまへば、會堂くわいだうに居をる者ものみな之これに目めを注そゝぐ。 21 イエス言いひ出いでたまふ『この聖󠄃書せいしょは今日けふなんぢらの耳みみに成󠄃就じゃうじゅしたり』 22 人々ひとびとみなイエスを譽ほめ、又󠄂またその口くちより出いづる惠めぐみの言ことばを怪あやしみて言いふ『これヨセフの子こならずや』 23 イエス言いひ給たまふ『なんぢら必かならず我われに俚諺ことわざを引ひきて「醫者いしゃよ、みづから己おのれを醫いやせ、カペナウムにて有󠄃ありしといふ、我われらが聞きける事ことどもを己おのが郷さとなる此この地ちにても爲なせ」と言いはん』 24 また言いひ給たまふ『われ誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、預言者よげんしゃは己おのが郷さとにて喜よろこばるることなし。 25 われ實まことをもて汝なんぢらに吿つぐ、エリヤのとき三年さんねん六个月󠄃ろくかげつ、天てんとぢて、全󠄃地ぜんち大おほいなる饑󠄃饉ききんなりしが、イスラエルの中うちに多おほくの寡婦󠄃やもめありたれど、 26 エリヤは其その一人ひとりにすら遣󠄃つかはされず、唯ただシドンなるサレプタの一人ひとりの寡婦󠄃やもめにのみ遣󠄃つかはされたり。 27 また預言者よげんしゃエリシヤの時とき、イスラエルの中うちに多おほくの癩病人らいびゃうにんありしが、其その一人ひとりだに潔󠄄きよめられず、唯ただシリヤのナアマンのみ潔󠄄きよめられたり』 28 會堂くわいだうにをる者ものみな之これを聞ききて憤恚いきどほりに滿みち、 29 起󠄃たちてイエスを町まちより逐󠄃おひ出いだし、その町まちの建󠄄たちたる山やまの崖がけに引ひき往󠄃ゆきて、投なげ落おとさんとせしに、
 118㌻ 
30 イエスその中なかを通󠄃とほりて去さり給たまふ。

31 斯かくてガリラヤの町まちカペナウムに下くだりて、安息あんそく日にちごとに人ひとを敎をしへ給たまへば、 32 人々ひとびとその敎をしへに驚をどろきあへり。その言ことば、權威󠄂けんゐありたるに因よる。 33 會堂くわいだうに穢けがれし惡鬼あくきの靈れいに憑つかれたる人ひとあり、大聲おほごゑに叫さけびて言いふ、 34 『ああ、ナザレのイエスよ、我われらは汝なんぢとなにの關係かゝはりあらんや。我われらを亡ほろぼさんとて來給きたまふか。我われはなんぢの誰たれなるを知しる、神かみの聖󠄃者しゃうじゃなり』 35 イエス之これを禁いましめて言いひ給たまふ『默もだせ、その人ひとより出いでよ』惡鬼あくきその人ひとを人々ひとびとの中なかに倒たふし、傷きずつけずして出いづ。 36 みな驚をどろき、語かたり合あひて言いふ『これ如何いかなる言ことばぞ、權威󠄂けんゐと能力ちからとをもて命めいずれば、穢けがれし惡鬼あくきすら出いで去さる』 37 爰こゝにイエスの噂󠄄うはさあまねく四方しはうの地ちに弘ひろまりたり。

38 イエス會堂くわいだうを立たち出いでて、シモンの家いへに入いり給たまふ。シモンの外姑しうとめおもき熱ねつを患わづらひ居ゐたれば、人々ひとびとこれが爲ためにイエスに願ねがふ。 39 その傍かたはらに立たちて熱ねつを責せめたまへば、熱ねつ去さりて女をんなたちどころに起󠄃おきて彼かれらに事つかふ。

40 日ひのいる時ときさまざまの病やまひを患わづらふ者ものをもつ人ひと、みな之これをイエスに連󠄃つれ來きたれば、一々いちいちその上うへに手てを置おきて醫いやし給たまふ。 41 惡鬼あくきもまた多おほくの人ひとより出いでて叫さけびつつ言いふ『なんぢは神かみの子こなり』之これを責せめて物もの言いふことを免ゆるし給たまはず、惡鬼あくきそのキリストなるを知しるに因よりてなり。〘87㌻〙

42 明あくる朝󠄃あさイエス出いでて寂さびしき處ところにゆき給たまひしが、群衆ぐんじゅうたづねて御許みもとに到いたり、その去さり往󠄃ゆくことを止とめんとせしに、 43 イエス言いひ給たまふ『われ又󠄂またほかの町々まちまちにも神かみの國くにの福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへざるを得えず、わが遣󠄃つかはされしは之これが爲ためなり』 44 斯かくて[*]ユダヤの諸しょ會堂くわいだうにて敎をしへを宣のべたまふ。[*異本「ガリラヤ」とあり。]
 119㌻ 

第5章

1 群衆ぐんじゅうおし迫󠄃せまりて神かみの言ことばを聽ききをる時とき、イエス、ゲネサレの湖みづうみのほとりに立たちて、 2 渚なぎさに二に艘󠄄さうの舟ふねの寄よせあるを見みたまふ、漁人すなどりびとは舟ふねをいでて網󠄄あみを洗あらひ居ゐたり。 3 イエスその一艘󠄄いっさうなるシモンの舟ふねに乘のり、彼かれに請󠄃こひて陸をかより少すこしく押おし出いださしめ、坐ざして舟ふねの中うちより群衆ぐんじゅうを敎をしへたまふ。 4 語かたり終󠄃をへてシモンに言いひたまふ『深處ふかみに乘のりいだし、網󠄄あみを下おろして漁すなどれ』 5 シモン答こたへて言いふ『君きみよ、われら終󠄃夜よもすがら、勞らうしたるに何なにをも得えざりき、然されど御言みことばに隨したがひて網󠄄あみを下おろさん』 6 斯かくて然しかせしに魚うをの夥多おびたゞしき群むれを圍󠄃かこみて網󠄄あみ裂さけかかりたれば、 7 他ほかの一艘󠄄いっさうの舟ふねにをる組くみの者ものを差招さしまねきて來きたり助たすけしむ。來きたりて魚うをを二に艘󠄄さうの舟ふねに滿みたしたれば、舟ふね沈しづまんばかりになりぬ。 8 シモン・ペテロ之これを見みて、イエスの膝ひざ下したに平󠄃伏ひれふして言いふ『主しゅよ、我われを去さりたまへ。我われは罪つみある者ものなり』 9 これはシモンも偕ともに居をる者ものもみな漁すなどりし魚うをの夥多おびたゞしきに驚をどろきたるなり。 10 ゼベダイの子こにしてシモンの侶ともなるヤコブもヨハネも同おなじく驚をどろけり。イエス、シモンに言いひたまふ『懼おそるな、なんぢ今いまより後のち、人ひとを[*]漁すなどらん』[*直譯「生捕らん」] 11 かれら舟ふねを陸をかにつけ、一切いっさいを棄すててイエスに從したがへり。

12 イエス或ある町まちに居給ゐたまふとき、視みよ、全󠄃身ぜんしん癩病らいびゃうをわづらふ者ものあり。イエスを見みて平󠄃伏ひれふし、願ねがひて言いふ『主しゅよ、御意みこゝろならば、我われを潔󠄄きよくなし給たまふを得えん』 13 イエス手てをのべ彼かれにつけて『わが意こゝろなり、潔󠄄きよくなれ』と言いひ給たまへば、直たゞちに癩病らいびゃうされり。 14 イエス之これを誰たれにも語かたらぬやうに命めいじ、かつ言いひ給たまふ『ただ往󠄃ゆきて己おのれを祭司さいしに見みせ、モーセが命めいじたるごとく汝なんぢの潔󠄄きよめのために獻物さゝげものして、人々ひとびとに證あかしせよ』 15 されど彌いや增々ますますイエスの事ことひろまりて、大おほいなる群衆ぐんじゅう、あるひは敎をしへを聽きかんとし、或あるひは病やまひを醫いやされんとして集あつまり來きたりしが、 16 イエス寂さびしき處ところに退󠄃しりぞきて祈いのり給たまふ。
 120㌻ 

17 或ある日ひイエス敎をしへをなし給たまふとき、ガリラヤの村々むらむら、ユダヤ及およびエルサレムより來きたりしパリサイ人びと、敎法けうほふ學者がくしゃら、そこに坐ざしゐたり。病やまひを醫いやすべき主しゅの能力ちからイエスと偕ともにありき。〘88㌻〙 18 視みよ、人々ひとびと、中風ちゅうぶを病やめる者ものを、床とこにのせて擔になひきたり、之これを家いへに入いれて、イエスの前󠄃まへに置おかんとすれど、 19 群衆ぐんじゅうによりて擔になひ入いるべき道󠄃みちを得えざれば、屋根やねにのぼり、瓦かはらを取とり除のけて床とこのまま、人々ひとびとの中なかにイエスの前󠄃まへに縋つり下おろせり。 20 イエス彼かれらの信仰しんかうを見みて言いひたまふ『人ひとよ、汝なんぢの罪つみゆるされたり』 21 爰こゝに學者がくしゃ・パリサイ人びとら論ろんじ出いでて言いふ『瀆言けがしごとをいふ此この人ひとは誰たれぞ、神かみより他ほかに誰たれか罪つみを赦ゆるすことを得うべき』 22 イエス彼かれらの論ろんずる事ことをさとり、答こたへて言いひ給たまふ『なにを心こゝろのうちに論ろんずるか。 23 「なんぢの罪つみゆるされたり」と言いふと「起󠄃おきて步あゆめ」と言いふと孰いづれか易やすき、 24 人ひとの子この地ちにて罪つみをゆるす權威󠄂けんゐあることを、汝なんぢらに知しらせん爲ために』――中風ちゅうぶを病やめる者ものに言いひ給たまふ――『なんぢに吿つぐ、起󠄃おきよ、床とこをとりて家いへに往󠄃ゆけ』 25 かれ立刻󠄂たちどころに人々ひとびとの前󠄃まへにて起󠄃おきあがり、臥ふしゐたる床とこをとりあげ、神かみを崇あがめつつ己おのが家いへに歸かへりたり。 26 人々ひとびとみな甚いたく驚をどろきて神かみをあがめ懼おそれに滿みちて言いふ『今日けふわれら珍めづらしき事ことを見みたり』

27 この事ことの後のちイエス出いでて、レビといふ取税人しゅぜいにんの收税所󠄃しうぜいしょに坐ざしをるを見みて『われに從したがへ』と言いひ給たまへば、 28 一切いっさいを棄すておき、起󠄃たちて從したがへり。 29 レビ己おのが家いへにて、イエスの爲ために大おほいなる饗宴ふるまひを設まうけしに、取税人しゅぜいにんおよび他ほかの人々ひとびとも多おほく、食󠄃事しょくじの席せきに列つらなりゐたれば、 30 パリサイ人びとおよび其その曹輩ともがらの學者がくしゃら、イエスの弟子でしたちに向むかひ、呟つぶやきて言いふ『なにゆゑ汝なんぢらは取税人しゅぜいにん・罪人つみびとらと共ともに飮食󠄃のみくひするか』 31 イエス答こたへて言いひたまふ『健󠄄康けんかうなる者ものは醫者いしゃを要󠄃えうせず、ただ病やまひある者もの、これを要󠄃えうす。 32 我われは正たゞしき者ものを招まねかんとにあらで、罪人つみびとを招まねきて悔改くいあらためさせんとて來きたれり』
 121㌻ 
33 彼かれらイエスに言いふ『ヨハネの弟子でしたちは、しばしば斷食󠄃だんじきし祈禱きたうし、パリサイ人びとの弟子でしたちも亦また然しかするに、汝なんぢの弟子でしたちは飮食󠄃のみくひするなり』 34 イエス言いひたまふ『新郎はなむこの友ともだち新郎はなむこと偕ともにをるうちは、彼かれらに斷食󠄃だんじきせしめ得えんや。 35 然されど日ひ來きたりて新郎はなむこをとられん、その日ひには斷食󠄃だんじきせん』 36 イエスまた譬たとへを言いひ給たまふ『たれも新あたらしき衣ころもを切きり取とりて、舊ふるき衣ころもを繕つくろふ者ものはあらじ。もし然しかせば新あたらしきものも破やぶれ、かつ新あたらしきものより取とりたる裂きれも舊ふるきものに合あはじ。 37 誰たれも新あたらしき葡萄酒ぶだうしゅを、ふるき革嚢かはぶくろに入いるることは爲せじ。もし然しかせば葡萄酒ぶだうしゅは嚢ふくろをはりさき漏もれ出いでて嚢ふくろも廢すたらん。 38 新あたらしき葡萄酒ぶだうしゅは、新あたらしき革嚢かはぶくろに入いるべきなり。 39 誰たれも舊ふるき葡萄酒ぶだうしゅを飮のみてのち、新あたらしき葡萄酒ぶだうしゅを望󠄇のぞむ者ものはあらじ。「舊ふるきは善よし」と云いへばなり』〘89㌻〙

第6章

1 イエス安息あんそく日にちに麥むぎ畠はたけを過󠄃すぎ給たまふとき、弟子でしたち穗ほを摘つみ、手てにて揉もみつつ食󠄃くらひたれば、 2 パリサイ人びとのうち或ある者ものども言いふ『なんぢらは何なにゆゑ安息あんそく日にちに爲すまじき事ことをするか』 3 イエス答こたへて言いひ給たまふ『ダビデその伴󠄃ともなへる人々ひとびととともに飢󠄄うゑしとき、爲なしし事ことをすら讀よまぬか。 4 即すなはち神かみの家いへに入いりて、祭司さいしの他ほかは食󠄃くらふまじき供そなへのパンを取とりて食󠄃くらひ、己おのれと偕ともなる者ものにも與あたへたり』 5 また言いひたまふ『人ひとの子こは安息あんそく日にちの主しゅたるなり』

6 又󠄂またほかの安息あんそく日にちにイエス會堂くわいだうに入いりて敎をしへをなし給たまひしに、此處ここに人ひとあり、其その右みぎの手てなえたり。 7 學者がくしゃ・パリサイ人びとら、イエスを訴うったふる廉󠄃かどを見出みいださんと思おもひて、安息あんそく日にちに人ひとを醫いやすや否いなやを窺うかゞふ。 8 イエス彼かれらの念おもひを知しりて手てなえたる人ひとに『起󠄃おきて中なかに立たて』と言いひ給たまへば、起󠄃おきて立たてり。 9 イエス彼かれらに言いひ給たまふ『われ汝なんぢらに問とはん、安息あんそく日にちに善ぜんをなすと惡あくをなすと、生命いのちを救すくふと亡ほろぼすと、孰いづれかよき』
 122㌻ 
10 かくて一同いちどうを見みまはして、手てなえたる人ひとに『なんぢの手てを伸のべよ』と言いひ給たまふ。かれ然しかなしたれば、その手て癒󠄄いゆ。 11 然しかるに彼かれら狂氣きゃうきの如ごとくなりて、イエスに何なにをなさんと語かたり合あへり。

12 その頃ころイエス祈いのらんとて山やまにゆき、神かみに祈いのりつつ夜よを明あかしたまふ。 13 夜明よあけになりて弟子でしたちを呼よび寄よせ、その中うちより十二じふに人にんを選󠄄えらびて、之これを使󠄃徒しとと名なづけたまふ。 14 即すなはちペテロと名なづけ給たまひしシモンと其その兄弟きゃうだいアンデレと、ヤコブとヨハネと、ピリポとバルトロマイと、 15 マタイとトマスと、アルパヨの子こヤコブと熱心ねっしん黨たうと呼よばるるシモンと、 16 ヤコブの[*]子こユダとイスカリオテのユダとなり。このユダはイエスを賣うる者ものとなりたり。[*或は「兄弟」と譯す。] 17 イエス此これ等らとともに下くだりて、平󠄃たひらかなる處ところに立たち給たまひしに、弟子でしの大おほいなる群衆ぐんじゅうおよびユダヤ全󠄃國ぜんこく、エルサレム又󠄂またツロ、シドンの海邊󠄎うみべより來きたりて或あるひは敎をしへを聽きかんとし、或あるひは病やまひを醫いやされんとする民たみの大おほいなる群むれも、そこにあり。 18 穢けがれし靈れいに惱なやまされたる者ものも醫いやされる。 19 能力ちからイエスより出いでて、凡すべての人ひとを醫いやせば、群衆ぐんじゅうみなイエスに觸さはらん事ことを求もとむ。 20 イエス目めをあげ弟子でしたちを見みて言いひたまふ『幸福さいはひなるかな、貧󠄃まづしき者ものよ、神かみの國くには汝なんぢらの有󠄃ものなり。 21 幸福さいはひなる哉かな、いま飢󠄄ううる者ものよ、汝なんぢら飽󠄄あくことを得えん。幸福さいはひなる哉かな、いま泣なく者ものよ、汝なんぢら笑わらふことを得えん。 22 人ひとなんぢらを憎にくみ、人ひとの子このために遠󠄄とほざけ謗そしり汝なんぢらの名なを惡あしとして棄すてなば、汝なんぢら幸福さいはひなり。〘90㌻〙 23 その日ひには、喜よろこび躍󠄃をどれ。視みよ、天てんにて汝なんぢらの報むくいは大おほいなり、彼かれらの先祖せんぞが預言者よげんしゃたちに爲なししも、斯かくありき。 24 されど禍害󠄅わざはひなるかな、富とむ者ものよ、汝なんぢらは旣󠄁すでにその慰安なぐさめを受うけたり。
 123㌻ 
25 禍害󠄅わざはひなる哉かな、いま飽󠄄あく者ものよ、汝なんぢらは飢󠄄うゑん。禍害󠄅わざはひなる哉かな、いま笑わらふ者ものよ、汝なんぢらは悲かなしみ泣なかん。 26 凡すべての人ひと、なんぢらを譽ほめなば、汝なんぢら禍害󠄅わざはひなり。彼かれらの先祖せんぞが虛僞いつはりの預言者よげんしゃたちに爲なししも、斯かくありき。

27 われ更󠄃さらに汝なんぢら聽きくものに吿つぐ、なんぢらの仇あたを愛あいし汝なんぢらを憎にくむ者ものを善よくし、 28 汝なんぢらを詛のろふ者ものを祝しくし、汝なんぢらを辱はづかしむる者もののために祈いのれ。 29 なんぢの頬ほゝを打うつ者ものには、他ほかの頬ほゝをも向むけよ。なんぢの上衣うはぎを取とる者ものには下衣したぎをも拒󠄃こばむな。 30 すべて求もとむる者ものに與あたへ、なんぢの物ものを奪うばふ者ものに復また索もとむな。 31 なんぢら人ひとに爲せられんと思おもふごとく、人ひとにも然しかせよ。 32 なんぢら己おのれを愛あいする者ものを愛あいせばとて、何なにの嘉よみすべき事ことあらん、罪人つみびとにても己おのれを愛あいする者ものを愛あいするなり。 33 汝なんぢ等らおのれに善ぜんをなす者ものに善ぜんを爲なすとも、何なにの嘉よみすべき事ことあらん、罪人つみびとにても然しかするなり。 34 なんぢら得うる事ことあらんと思おもひて人ひとに貸かすとも、何なにの嘉よみすべき事ことあらん、罪人つみびとにても均ひとしきものを受うけんとて罪人つみびとに貸かすなり。 35 汝なんぢらは仇あたを愛あいし、善ぜんをなし、何なにをも求もとめずして貸かせ、然さらば、その報むくいは大おほいならん。かつ至高者いとたかきものの子こたるべし。至高者いとたかきものは恩おんを知しらぬもの、惡あしき者ものにも仁慈なさけあるなり。 36 汝なんぢらの父󠄃ちちの慈悲じひなるごとく、汝なんぢらも慈悲じひなれ。 37 人ひとを審さばくな、然さらば汝なんぢらも審さばかるる事ことあらじ。人ひとを罪つみに定さだむな、然さらば汝なんぢらも罪つみに定さだめらるる事ことあらじ。人ひとを赦ゆるせ、然さらば汝なんぢらも赦ゆるされん。 38 人ひとに與あたへよ、然さらば汝なんぢらも與あたへられん。人ひとは量はかりをよくし、押おし入いれ、搖ゆすり入いれ溢󠄃あふるるまでにして、汝なんぢらの懷中ふところに入いれん。汝なんぢ等らおのが量はかる量はかりにて量はからるべし』

39 また譬たとへにて言いひたまふ『盲人めしひは盲人めしひを手引てびきするを得えんや。二人ふたりとも穴󠄄あなに落おちざらんや。 40 弟子でしはその師しに勝󠄃まさらず、凡おほよそ全󠄃まったうせられたる者ものは、その師しの如ごとくならん。
 124㌻ 
41 何なにゆゑ兄弟きゃうだいの目めにある[*]塵ちりを見みて、己おのが目めにある梁木うつばりを認󠄃みとめぬか。[*或は「木屑」と譯す。] 42 おのが目めにある梁木うつばりを見みずして爭いかで兄弟きゃうだいに向むかひて「兄弟きゃうだいよ、汝なんぢの目めにある塵ちりを取とり除のぞかせよ」といふを得えんや。僞善者ぎぜんしゃよ、先まづ己おのが目めより梁木うつばりを取とり除のぞけ。さらば明あきらかに見みえて兄弟きゃうだいの目めにある塵ちりを取とりのぞき得えん。 43 惡あしき果みを結むすぶ善よき樹きはなく、また善よき果みを結むすぶ惡あしき樹きはなし。 44 樹きはおのおの其その果みによりて知しらる。茨いばらより無花果いちぢくを取とらず、野荊のばらより葡萄ぶだうを收をさめざるなり。〘91㌻〙 45 善よき人ひとは心こゝろの善よき倉くらより善よきものを出いだし、惡あしき人ひとは惡あしき倉くらより惡あしき物ものを出いだす。それ心こゝろに滿みつるより、口くちは物もの言いふなり。

46 なんぢら我われを「主しゅよ主しゅよ」と呼よびつつ何なにぞ我わが言いふことを行おこなはぬか。 47 凡おほよそ我われにきたり我わが言ことばを聽ききて行おこなふ者ものは、如何いかなる人ひとに似にたるかを示しめさん。 48 即すなはち家いへを建󠄄たつるに地ちを深ふかく掘ほり岩いはの上うへに基もとゐを据すゑたる人ひとのごとし。洪水おほみづいでて流ながれその家いへを衝つけども動うごかすこと能あたはず、これ固かたく建󠄄たてられたる故ゆゑなり。 49 されど聽ききて行おこなはぬ者ものは、基もとゐなくして家いへを土つちの上うへに建󠄄たてたる人ひとのごとし。流ながれその家いへを衝つけば、直たゞちに崩󠄃くづれて、その破壞やぶれ、甚はなはだし』

第7章

1 イエス凡すべて此これらの言ことばを民たみに聞きかせ終󠄃をへて後のち、カペナウムに入いり給たまふ。

2 時ときに或ある百卒長ひゃくそつちゃう、その重おもんずる僕しもべやみて死しぬばかりなりしかば、 3 イエスの事ことを聽ききて、ユダヤ人びとの長老ちゃうらうたちを遣󠄃つかはし、來きたりて僕しもべを救すくひ給たまはんことを願ねがふ。 4 彼かれらイエスの許もとにいたり、切せつに請󠄃こひて言いふ『かの人ひとは、此この事ことを爲せらるるに相應ふさはし。 5 わが國人くにびとを愛あいし、我われらのために會堂くわいだうを建󠄄たてたり』 6 イエス共ともに往󠄃ゆき給たまひて、その家いへはや程󠄃ほど近󠄃ちかくなりしとき、百卒長ひゃくそつちゃう、數󠄄人すにんの友ともを遣󠄃つかはして言いはしむ『主しゅよ、自みづからを煩わづらはし給たまふな。我われは汝なんぢをわが屋根やねの下したに入いれまつるに足たらぬ者ものなり。
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7 されば御前󠄃みまへに出いづるにも相應ふさはしからずと思おもへり、[*]ただ御言みことばを賜たまひて我わが僕しもべをいやし給たまへ。[*異本「ただ御言を賜へ、さらば我が僕は瘉󠄂えん」とあり。] 8 我われみづから權威󠄂けんゐの下したに置おかるる者ものなるに、我わが下したにまた兵卒へいそつありて、此これに「往󠄃ゆけ」と言いへば往󠄃ゆき、彼かれに「來きたれ」と言いへば來きたり、わが僕しもべに「これを爲なせ」と言いへば爲なすなり』 9 イエス聞ききて彼かれを怪あやしみ振反ふりかへりて、從したがふ群衆ぐんじゅうに言いひ給たまふ『われ汝なんぢらに吿つぐ、イスラエルの中うちにだに斯かゝるあつき信仰しんかうは見みしことなし』 10 遣󠄃つかはされたる者ものども家いへに歸かへりて、僕しもべを見みれば、旣󠄁すでに健󠄄康けんかうとなれり。

11 その後のちイエス、ナインといふ町まちにゆき給たまひしに弟子でしたち及および大おほいなる群衆ぐんじゅうも共ともに往󠄃ゆく。 12 町まちの門もんに近󠄃ちかづき給たまふとき、視みよ、舁かき出いださるる死人しにんあり。これは獨ひとり息子むすこにて母ははは寡婦󠄃やもめなり、町まちの多おほくの人々ひとびとこれに伴󠄃ともなふ。 13 主しゅ、寡婦󠄃やもめを見みて、憫あはれみ『泣なくな』と言いひて、 14 近󠄃ちかより柩ひつぎに手てをつけ給たまへば、舁かくもの立たち止とゞまる。イエス言いひたまふ『若者わかものよ、我われなんぢに言いふ、起󠄃おきよ』〘92㌻〙 15 死人しにん、起󠄃おきかへりて物もの言いひ始はじむ。イエス之これを母ははに付わたしたまふ。 16 人々ひとびとみな懼おそれをいだき、神かみを崇あがめて言いふ『大おほいなる預言者よげんしゃ、われらの中うちに興おこれり』また言いふ『神かみその民たみを顧󠄃かへりみ給たまへり』 17 この事ことユダヤ全󠄃國ぜんこくおよび最寄もよりの地ちに徧あまねくひろまりぬ。

18 偖さてヨハネの弟子でしたち、凡すべて此これ等らのことを吿つげたれば、 19 ヨハネ兩りゃう三人さんにんの弟子でしを呼よび、主しゅに遣󠄃つかはして言いはしむ『來きたるべき者ものは汝なんぢなるか、或あるひは他ほかに待まつべきか』 20 彼かれら御許みもとに到いたりて言いふ『バプテスマのヨハネ、我われらを遣󠄃つかはして言いはしむ「來きたるべき者ものは汝なんぢなるか、或あるひは他ほかに待まつべきか」』 21 この時ときイエス多おほくの者ものの病やまひ・疾患わずらひを醫いやし、惡あしき靈れいを逐󠄃おひいだし、又󠄂またおほくの盲人めしひに見みることを得えしめ給たまひしが、 22 答こたへて言いひたまふ『往󠄃ゆきて汝なんぢらが見み聞きゝせし所󠄃ところをヨハネに吿つげよ。盲人めしひは見み、跛者あしなへはあゆみ、癩病人らいびゃうにんは潔󠄄きよめられ、聾󠄃者みゝしひはきき、死人しにんは甦よみがへらせられ、貧󠄃まづしき者ものは福音󠄃ふくいんを聞きかせらる。
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23 おほよそ我われに躓つまづかぬ者ものは幸福さいはひなり』

24 ヨハネの使󠄃つかひの去さりたる後のち、ヨハネの事ことを群衆ぐんじゅうに言いひいで給たまふ『なんぢら何なにを眺ながめんとて野のに出いでし、風かぜにそよぐ葦あしなるか。 25 然さらば何なにを見みんとて出いでし、柔やはらかき衣ころもを著きたる人ひとなるか。視みよ、華美はなやかなる衣ころもをきて奢おごり暮くらす者ものは王宮わうきうに在あり。 26 然さらば何なにを見みんとて出いでし、預言者よげんしゃなるか。然しかり我われなんぢらに吿つぐ、預言者よげんしゃよりも勝󠄃まさる者ものなり。 27 「視みよ、わが使󠄃つかひを汝なんぢの顏かほのまへに遣󠄃つかはす。 かれは汝なんぢの前󠄃まへに汝なんぢの道󠄃みちをそなへん」と錄しるされたるは此この人ひとなり。 28 われ汝なんぢらに吿つぐ、女をんなの產うみたる者ものの中うち、ヨハネより大おほいなる者ものはなし。然されど神かみの國くににて小ちひさき者ものも、彼かれよりは大おほいなり。 29 (凡すべての民たみこれを聞ききて、取税人しゅぜいにんまでも神かみを正たゞしとせり。ヨハネのバプテスマを受うけたるによる。 30 然されどパリサイ人びと・敎法師けうほふしらは、其そのバプテスマを受うけざりしにより、各自おのおのにかかはる神かみの御旨みむねをこばみたり) 31 然されば、われ今いまの代よの人ひとを何なにに比なずらへん。彼かれらは何なにに似にたるか。 32 彼かれらは童わらべ、市場いちばに坐ざし、たがひに呼よびて「われら汝なんぢらの爲ために笛ふえ吹ふきたれど、汝なんぢら躍󠄃をどらず。歎なげきたれど、汝なんぢら泣なかざりき」と云いふに似にたり。 33 それはバプテスマのヨハネ來きたりて、パンをも食󠄃くらはず、葡萄酒ぶだうしゅをも飮のまねば「惡鬼あくきに憑つかれたる者ものなり」と汝なんぢら言いひ、 34 人ひとの子こきたりて飮食󠄃のみくひすれば「視みよ、食󠄃しょくを貪むさぼり、酒さけを好このむ人ひと、また取税人しゅぜいにん・罪人つみびとの友ともなり」と汝なんぢら言いふなり。〘93㌻〙 35 然されど智慧󠄄ちゑは己おのが凡すべての子こによりて正たゞしと[*]せらる』[*或は「せられたり」と譯す。]

36 爰こゝに或あるパリサイ人びとともに食󠄃しょくせん事ことをイエスに請󠄃こひたれば、パリサイ人びとの家いへに入いりて席せきにつき給たまふ。
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37 視みよ、この町まちに罪つみある一人ひとりの女をんなあり。イエスのパリサイ人びとの家いへにて食󠄃事しょくじの席せきにゐ給たまふを知しり、香にほひ油あぶらの入いりたる石膏せきかうの壺つぼを持もちきたり、 38 泣なきつつ御足みあし近󠄃ちかく後うしろにたち、淚なみだにて御足みあしをうるほし、頭かしらの髮けにて之これを拭ぬぐひ、また御足みあしに接吻くちつけして香にほひ油あぶらを抹ぬれり。 39 イエスを招まねきたるパリサイ人びとこれを見みて、心こゝろのうちに言いふ『この人ひともし預言者よげんしゃならば觸さはる者ものの誰たれ、如何いかなる女をんななるかを知しらん、彼かれは罪人つみびとなるに』 40 イエス答こたへて言いひ給たまふ『シモン、我われなんぢに言いふことあり』シモンいふ『師しよ、言いひたまへ』 41 『或ある債主かしぬしに二人ふたりの負󠄅債者ふさいしゃありて、一人ひとりはデナリ五ご百ひゃく、一人ひとりは五ご十じふの負󠄅債おひめせしに、 42 償つぐのひかたなければ、債主かしぬしこの二人ふたりを共ともに免ゆるせり。されば二人ふたりのうち債主かしぬしを愛あいすること孰いづれか多おほき』 43 シモン答こたへて言いふ『われ思おもふに、多おほく免ゆるされたる者ものならん』イエス言いひ給たまふ『なんぢの判󠄄斷はんだんは當あたれり』 44 斯かくて女をんなの方かたに振向ふりむきてシモンに言いひ給たまふ『この女をんなを見みるか。我われなんぢの家いへに入いりしに、なんぢは我われに足あしの水みづを與あたへず、此この女をんなは淚なみだにて我わが足あしを濡ぬらし、頭髮かみのけにて拭ぬぐへり。 45 なんぢは我われに接吻くちつけせず、此この女をんなは我わが入いりし時ときより、我わが足あしに接吻くちつけして止やまず。 46 なんぢは我わが頭かしらに油あぶらを抹ぬらず、此この女をんなは我わが足あしに香にほひ油あぶらを抹ぬれり。 47 この故ゆゑに我われなんぢに吿つぐ、この女をんなの多おほくの罪つみは赦ゆるされたり。その愛あいすること大おほいなればなり。赦ゆるさるる事ことの少すくなき者ものは、その愛あいする事こともまた少すくなし』 48 遂󠄅つひに女をんなに言いひ給たまふ『なんぢの罪つみは赦ゆるされたり』 49 同席どうせきの者ものども心こゝろの內うちに『罪つみをも赦ゆるす此この人ひとは誰たれなるか』と言いひ出いづ。 50 爰こゝにイエス女をんなに言いひ給たまふ『なんぢの信仰しんかう、なんぢを救すくへり、安やすらかに往󠄃ゆけ』

第8章

1 この後のちイエス敎をしへを宣のべ、神かみの國くにの福音󠄃ふくいんを傳つたへつつ、町々まちまち村々むらむらを廻まはり給たまひしに、十二じふに弟子でしも伴󠄃ともなふ。 2 また前󠄃さきに惡あしき靈れいを逐󠄃おひ出いだされ、病やまひを醫いやされなどせし女をんなたち、即すなはち七なゝつの惡鬼あくきのいでしマグラダと呼よばるるマリヤ、
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3 ヘロデの家いへ司つかさクーザの妻つまヨハンナ及およびスザンナ、此この他ほかにも多おほくの女をんな、ともなひゐて其その財產ざいさんをもて彼かれらに事つかへたり。

4 大おほいなる群衆ぐんじゅうむらがり町々まちまちの人ひと、みもとに寄より集つどひたれば、譬たとへをもて言いひたまふ、〘94㌻〙 5 『種たね播まく者ものその種たねを播まかんとて出いづ。播まくとき路みちの傍かたはらに落おちし種たねあり、踏ふみつけられ、又󠄂またそらの鳥とりこれを啄󠄅ついばむ。 6 岩いはの上うへに落おちし種たねあり、生はえ出いでたれど潤澤うるほひなきによりて枯かる。 7 茨いばらの中うちに落おちし種たねあり、茨いばらも共ともに生はえ出いでて之これを塞ふさぐ。 8 良よき地ちに落おちし種たねあり、生はえ出いでて百ひゃく倍ばいの實みを結むすべり』これらの事ことを言いひて呼よばはり給たまふ『きく耳みみある者ものは聽きくべし』

9 弟子でしたち此この譬たとへの如何いかなる意こゝろなるかを問とひたるに、 10 イエス言いひ給たまふ『なんぢらは神かみの國くにの奧義おくぎを知しることを許ゆるされたれど、他ほかの者ものは譬たとへにてせらる。彼かれらの見みて見みず、聞ききて悟さとらぬ爲ためなり。 11 譬たとへの意こゝろは是これなり。種たねは神かみの言ことばなり。 12 路みちの傍かたはらなるは、聽ききたるのち、惡魔󠄃あくまきたり、信しんじて救すくはるる事ことのなからんために御言みことばをその心こゝろより奪うばふ所󠄃ところの人ひとなり。 13 岩いはの上うへなるは聽ききて御言みことばを喜よろこび受うくれども、根ねなければ、暫しばらく信しんじて嘗試こゝろみのときに退󠄃しりぞく所󠄃ところの人ひとなり。 14 茨いばらの中うちに落おちしは、聽ききてのち。過󠄃すぐるほどに世よの心勞こゝろづかひと財貨たからと快樂けらくとに塞ふさがれて實みのらぬ所󠄃ところの人ひとなり。 15 良よき地ちなるは、御言みことばを聽きき、正たゞしく善よき心こゝろにて之これを守まもり、忍󠄄しのびて實みを結むすぶ所󠄃ところの人ひとなり。

16 誰たれも燈火ともしびをともし器うつはにて覆󠄄おほひ、または寢臺ねだいの下したにおく者ものなし、入いり來きたる者もののその光ひかりを見みんために之これを燈臺とうだいの上うへに置おくなり。 17 それ隱かくれたるものの顯あらはれぬはなく、秘ひめたるものの知しられぬはなく、明あきらかにならぬはなし。 18 然されば汝なんぢら聽きくこと如何いかにと心こゝろせよ、誰たれにても有󠄃もてる人ひとは、なほ與あたへられ、有󠄃もたぬ人ひとは、その有󠄃もてりと思おもふ物ものをも取とらるべし』
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19 さてイエスの母ははと兄弟きゃうだいと來きたりたれど、群衆ぐんじゅうによりて近󠄃ちかづくこと能あたはず。 20 或ある人ひとイエスに『なんぢの母ははと兄弟きゃうだいと汝なんぢに逢あはんとて外そとに立たつ』と吿つげたれば、 21 答こたへて言いひたまふ『わが母はは、わが兄弟きゃうだいは、神かみの言ことばを聽きき、かつ行おこなふ此これらの者ものなり』

22 或ある日ひイエス弟子でしたちと共ともに舟ふねに乘のりて『みづうみの彼方かなたにゆかん』と言いひ給たまへば、乃すなはち船󠄄出ふなです。 23 渡わたるほどにイエス眠ねむりたまふ。颶風はやてみづうみに吹ふき下おろし、舟ふねに水みづ滿みちんとして危あやふかりしかば、 24 弟子でしたち御側みそばにより、呼よび起󠄃おこして言いふ『君きみよ、君きみよ、我われらは亡ほろぶ』イエス起󠄃おきて風かぜと浪なみとを禁いましめ給たまへば、ともに鎭しづまりて凪なぎとなりぬ。 25 斯かくて弟子でしたちに言いひ給たまふ『なんぢらの信仰しんかういづこに在あるか』かれら懼おそれ怪あやしみて互たがひに言いふ『こは誰たれぞ、風かぜと水みづとに命めいじ給たまへば順したがふとは』〘95㌻〙

26 遂󠄅つひにガリラヤに對むかへるゲラセネ人びとの地ちに著つく。 27 陸をかに上のぼりたまふ時とき、その町まちの人ひとにて惡鬼あくきに憑つかれたる者ものきたり遇󠄃あふ。この人ひとは久ひさしきあひだ衣ころもを著きず、また家いへに住󠄃すまずして墓はかの中うちにゐたり。 28 イエスを見みてさけび、御前󠄃みまへに平󠄃伏ひれふして大聲おほごゑにいふ『至高いとたかき神かみの子こイエスよ、我われは汝なんぢと何なにの關係かゝはりあらん、願ねがはくは我われを苦くるしめ給たまふな』 29 これはイエス穢けがれし靈れいに、この人ひとより出いで往󠄃ゆかんことを命めいじ給たまひしに因よる。この人ひとけがれし靈れいにしばしば[*]拘とらへられ、鏈くさりと足械あしかせとにて繋つなぎ守まもられたれど、その繋つなぎをやぶり、惡鬼あくきに逐󠄃おはれて、荒野あらのに往󠄃ゆけり。[*或は「久しく」と譯す。] 30 イエス之これに『なんぢの名なは何なにか』と問とひ給たまへば『レギオン』と答こたふ、多おほくの惡鬼あくきその中うちに入いりたる故ゆゑなり。 31 彼かれらイエスに底そこなき所󠄃ところに往󠄃ゆくを命めいじ給たまはざらんことを請󠄃こふ。
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32 彼處かしこの山やまに、多おほくの豚ぶたの一ひと群むれ、食󠄃しょくし居ゐたりしが、惡鬼あくきども其その豚ぶたに入いるを許ゆるし給たまはんことを請󠄃こひたれば、イエス許ゆるし給たまふ。 33 惡鬼あくき、人ひとを出いでて豚ぶたに入いりたれば、その群むれ、崖がけより湖水みづうみに駈かけ下くだりて溺おぼれたり。 34 飼かふ者ものども此この起󠄃おこりし事ことを見みて逃󠄄にげ往󠄃ゆきて、町まちにも里さとにも吿つげたれば、 35 人々ひとびとありし事ことを見みんとて出いで、イエスに來きたりて、惡鬼あくきの出いでたる人ひとの、衣服󠄃ころもをつけ慥たしかなる心こゝろにて、イエスの足下あしもとに坐ざしをるを見みて懼おそれあへり。 36 かの惡鬼あくきに憑つかれたる人ひとの救すくはれし事柄ことがらを見みし者ものども之これを彼かれらに吿つげたれば、 37 ゲラセネ地方ちはうの民衆みんしゅう、みなイエスに出いで去さり給たまはんことを請󠄃こふ。これ大おほいに懼おそれたるなり。爰こゝにイエス舟ふねに乘のりて歸かへり給たまふ。 38 時ときに惡鬼あくきの出いでたる人ひと、ともに在あらんことを願ねがひたれど、之これを去さらしめんとて、 39 言いひ給たまふ『なんぢの家いへに歸かへりて、神かみが如何いかに大おほいなる事ことを汝なんぢになし給たまひしかを具󠄄つぶさに吿つげよ』彼かれゆきて、イエスの如何いかに大おほいなる事ことを己おのれになし給たまひしかを徧あまねくその町まちに言いひ弘ひろめたり。

40 斯かくてイエスの歸かへり給たまひしとき、群衆ぐんじゅうこれを迎󠄃むかふ、みな待まちゐたるなり。 41 視みよ、會堂くわいだう司つかさにてヤイロといふ者ものあり、來きたりてイエスの足下あしもとに伏ふし、その家いへにきたり給たまはんことを願ねがふ。 42 おほよそ十二じふに歳さいほどの一人ひとり娘むすめありて死しぬばかりなる故ゆゑなり。イエスの往󠄃ゆき給たまふとき、群衆ぐんじゅうかこみ塞ふさがる。

43 爰こゝに十じふ二年にねんこのかた血漏ちらうを患わづらひて[*]醫者いしゃの爲ために己おのが身代しんだいをことごとく費つひやしたれども、誰たれにも癒󠄄いやされ得えざりし女をんなあり。[*異本「醫者の爲に己が身代を悉く費しれれども」の句なし。] 44 イエスの後うしろに來きたりて、御衣みころもの總󠄂ふさにさはりたれば、血ちの出いづること立刻󠄂たちどころに止やみたり。 45 イエス言いひ給たまふ『我われに觸さはりしは誰たれぞ』人ひとみな否いなみたれば、ペテロ[*]及および共ともにをる者ものども言いふ『君きみよ、群衆ぐんじゅうなんぢを圍󠄃かこみて押迫󠄃おしせまるなり』[*異本「及び共になるものども」の句なし。]〘96㌻〙
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46 イエス言いひ給たまふ『われに觸さはりし者ものあり、能力ちからの我われより出いでたるを知しる』 47 女をんなおのれが隱かくれ得えぬことを知しり、戰をのゝき來きたりて御前󠄃みまへに平󠄃伏ひれふし、觸さはりし故ゆゑと立刻󠄂たちどころに癒󠄄いえたる事こととを、人々ひとびとの前󠄃まへにて吿つぐ。 48 イエス言いひ給たまふ『むすめよ、汝なんぢの信仰しんかうなんぢを救すくへり、安やすらかに往󠄃ゆけ』

49 かく語かたり給たまふほどに、會堂くわいだう司つかさの家いへより人ひときたりて言いふ『なんぢの娘むすめは早はや死しにたり、師しを煩わづらはすな』 50 イエス之これを聞ききて會堂くわいだう司つかさに答こたへたまふ『懼おそるな、ただ信しんぜよ。さらば娘むすめは救すくはれん』 51 イエス家いへに到いたりて、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ及および子この父󠄃ちち母ははの他ほかは、ともに入いることを誰たれにも許ゆるし給たまはず。 52 人ひとみな泣なき、かつ子このために歎なげき居ゐたりしが、イエス言いひたまふ『泣なくな、死しにたるにあらず、寢いねたるなり』 53 人々ひとびとその死しにたるを知しれば、イエスを嘲󠄂笑あざわらふ。 54 然しかるにイエス子この手てをとり、呼よびて『子こよ、起󠄃おきよ』と言いひ給たまへば、 55 その靈れいかへりて立刻󠄂たちどころに起󠄃おく。イエス食󠄃物しょくもつを之これに與あたふることを命めいじ給たまふ。 56 その兩親ふたおやおどろきたり。イエス此この有󠄃ありし事ことを誰たれにも語かたらぬやうに命めいじ給たまふ。

第9章

1 イエス十二じふに弟子でしを召めし寄よせて、もろもろの惡鬼あくきを制せいし、病やまひをいやす能力ちからと權威󠄂けんゐとを與あたへ、 2 また神かみの國くにを宣傳のべつたへしめ、人ひとを醫いやさしむる爲ために之これを遣󠄃つかはさんとして言いひ給たまふ、 3 『旅󠄃たびのために何なにをも持もつな、杖つゑも袋ふくろも糧かても銀かねも、また二ふたつの下衣したぎをも持もつな。 4 いづれの家いへに入いるとも、其處そこに留とゞまれ、而しかして其處そこより立たち去され。 5 人ひともし汝なんぢらを受うけずば、その町まちを立たち去さるとき證あかしのために足あしの塵ちりを拂はらへ』 6 爰こゝに弟子でしたち出いでて村々むらむらを歷へ巡󠄃めぐり徧あまねく福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへ、醫いやすことを爲なせり。
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7 さて國守こくしゅヘロデ、ありし凡すべての事ことをききて周󠄃章あわてまどふ。或ある人ひとはヨハネ死人しにんの中うちより甦よみがへりたりといひ、 8 或ある人ひとはエリヤ現あらはれたりといひ、また或ある人ひとは古いにしへの預言者よげんしゃの一人ひとり、甦よみがへりたりと言いへばなり。 9 ヘロデ言いふ『ヨハネは我われすでに首斬くびきりたり、然しかるに斯かゝる事ことのきこゆる此この人ひとは誰たれなるか』かくてイエスを見みんことを求もとめゐたり。

10 使󠄃徒しとたち歸かへりきて、其その爲なしし事ことを具󠄄つぶさにイエスに吿つぐ。イエス彼かれらを携たづさへて竊ひそかにベツサイダといふ町まちに退󠄃しりぞきたまふ。〘97㌻〙 11 然されど群衆ぐんじゅうこれを知しりて從したがひ來きたりたれば、彼かれらを接うけて、神かみの國くにの事ことを語かたり、かつ治療ちれうを要󠄃えうする人々ひとびとを醫いやしたまふ。 12 日ひ傾かたぶきたれば、十二じふに弟子でしきたりて言いふ『群衆ぐんじゅうを去さらしめ、周󠄃圍󠄃まはりの村むらまた里さとにゆき、宿やどをとりて、食󠄃物しょくもつを求もとめさせ給たまへ。我われらは斯かゝる寂さびしき所󠄃ところに居をるなり』 13 イエス言いひ給たまふ『なんぢら食󠄃物しょくもつを與あたへよ』弟子でしたち言いふ『我われらただ五いつつのパンと二ふたつの魚うをとあるのみ、此この多おほくの人ひとのために、往󠄃ゆきて買かはねば他ほかに食󠄃物しょくもつなし』 14 男をとこおほよそ五ご千せん人にんゐたればなり。イエス弟子でしたちに言いひたまふ『人々ひとびとを組くみにして五ご十じふ人にんづつ坐ざせしめよ』 15 彼かれ等らその如ごとくなして、人々ひとびとをみな坐ざせしむ。 16 斯かくてイエス五いつつのパンと二ふたつの魚うをとを取とり、天てんを仰あふぎて祝しくし、擘さきて弟子でしたちに付わたし、群衆ぐんじゅうのまへに置おかしめ給たまふ。 17 彼かれらは食󠄃くらひて皆みな飽󠄄あく。擘さきたる餘あまりを集あつめしに十二じふに筐かごほどありき。

18 イエス人々ひとびとを離はなれて祈いのり居給ゐたまふとき、弟子でしたち偕ともにをりしに問とひて言いひたまふ『群衆ぐんじゅうは我われを誰たれといふか』 19 答こたへて言いふ『バプテスマのヨハネ、或ある人ひとはエリヤ、或ある人ひとは古いにしへの預言者よげんしゃの一人ひとり、よみがへりたりと言いふ』 20 イエス言いひ給たまふ『なんぢらは我われを誰たれと言いふか』ペテロ答こたへて言いふ『神かみのキリストなり』 21 イエス彼かれらを戒いましめて、之これを誰たれにも吿つげぬやうに命めいじ、かつ言いひ給たまふ
 133㌻ 
22 『人ひとの子こは必かならず多おほくの苦難くるしみをうけ、長老ちゃうらう・祭司長さいしちゃう・學者がくしゃらに棄すてられ、かつ殺ころされ、三日みっかめに甦よみがへるべし』 23 また一同いちどうの者ものに言いひたまふ『人ひともし我われに從したがひ來きたらんと思おもはば、己おのれをすて、日々ひゞおのが十字架じふじかを負󠄅おひて我われに從したがへ。 24 己おのが生命いのちを救すくはんと思おもふ者ものは之これを失うしなひ、我わがために己おのが生命いのちを失うしなふその人ひとは之これを救すくはん。 25 人ひと、全󠄃世界ぜんせかいを贏󠄅まうくとも己おのれをうしなひ己おのれを損そんせば、何なにの益えきあらんや。 26 我われと我わが言ことばとを恥はづる者ものをば、人ひとの子こもまた己おのれと父󠄃ちちと聖󠄃せいなる御使󠄃みつかひたちとの榮光えいくわうをもて來きたらん時ときに恥はづべし。 27 われ實まことをもて汝なんぢらに吿つぐ、此處ここに立たつ者もののうちに、神かみの國くにを見みるまでは、死しを味あぢははぬ者ものどもあり』

28 これらの言ことばをいひ給たまひしのち八日やうかばかり過󠄃すぎて、ペテロ、ヨハネ、ヤコブを率󠄃ひきつれ、祈いのらんとて山やまに登のぼり給たまふ。 29 かくて祈いのり給たまふほどに、御顏みかほの狀さまかはり、其その衣ころも白しろくなりて輝かゞやけり。 30 視みよ、二人ふたりの人ひとありてイエスと共ともに語かたる。これはモーセとエリヤとにて、 31 榮光えいくわうのうちに現あらはれ、イエスのエルサレムにて遂󠄅とげんとする逝󠄃去せいきょのことを言いひゐたるなり。 32 ペテロ及および共ともにをる者ものいたく睡氣ねむけざしたれど、目めを覺さましてイエスの榮光えいくわうおよび偕ともに立たつ二人ふたりを見みたり。〘98㌻〙 33 二人ふたりの者ものイエスと別わかれんとする時とき、ペテロ、イエスに言いふ『君きみよ、我われらの此處ここに居をるは善よし、我われら三みつの廬いほりを造󠄃つくり、一ひとつを汝なんぢのため、一ひとつをモーセのため、一ひとつをエリヤの爲ためにせん』彼かれは言いふ所󠄃ところを知しらざりき。 34 この事ことを言いひ居をるほどに、雲くもおこりて彼かれらを覆󠄄おほふ。雲くもの中うちに入いりしとき、弟子でしたち懼おそれたり。 35 雲くもより聲こゑ出いでて言いふ『これは我わが選󠄄えらびたる子こなり、汝なんぢら之これに聽きけ』 36 聲こゑ出いでし[*]とき、唯たゞイエスひとり見みえ給たまふ。弟子でしたち默もくして、見みし事ことを何なに一ひとつ其その頃ころたれにも吿つげざりき。[*或は「聲やみし」と譯す。]
 134㌻ 

37 次󠄄つぎの日ひ、山やまより下くだりたるに、大おほいなる群衆ぐんじゅうイエスを迎󠄃むかふ。 38 視みよ、群衆ぐんじゅうのうちの或ある人ひとさけびて言いふ『師しよ、願ねがはくは我わが子こを顧󠄃かへりみたまへ、之これは我わが獨子ひとりごなり。 39 視みよ、靈れいの憑つくときは俄にはかに叫さけぶ、痙攣ひきつけて沫あわをふかせ、甚いたく害󠄅そこなひ、漸やうやくにして離はなるるなり。 40 御弟子みでしたちに之これを逐󠄃おひ出いだすことを請󠄃こひたれど、能あたはざりき』 41 イエス答こたへて言いひ給たまふ『ああ信しんなき曲まがれる代よなる哉かな、われ何時いつまで汝なんぢらと偕ともにをりて、汝なんぢらを忍󠄄しのばん。汝なんぢの子こをここに連󠄃つれ來きたれ』 42 乃すなはち來きたるとき、惡鬼あくきこれを打うち倒たふし、甚いたく痙攣ひきつけさせたり。イエス穢けがれし靈れいを禁いましめ、子こを醫いやして、その父󠄃ちちに付わたしたまふ。 43 人々ひとびとみな神かみの稜威󠄂みいつに驚をどろきあへり。   人々ひとびとみなイエスの爲なし給たまひし凡すべての事ことを怪あやしめる時とき、イエス弟子でしたちに言いひ給たまふ、

44 『これらの言ことばを汝なんぢらの耳みみにをさめよ。人ひとの子こは人々ひとびとの手てに付わたさるべし』 45 かれら此この言ことばを悟さとらず、辨わきまへぬやうに隱かくされたるなり。また此この言ことにつきて問とふことを懼おそれたり。

46 爰こゝに弟子でしたちの中うちに、誰たれか大おほいならんとの爭論あらそひおこりたれば、 47 イエスその心こゝろの爭論あらそひを知しりて、幼兒をさなごをとり御側みそばに置おきて言いひ給たまふ、 48 『おほよそ我わが名なのために此この幼兒をさなごを受うくる者ものは、我われを受うくるなり。我われを受うくる者ものは、我われを遣󠄃つかはしし者ものを受うくるなり。汝なんぢらの中うちにて最もっとも小ちひさき者ものは、これ大おほいなるなり』

49 ヨハネ答こたへて言いふ『君きみよ、御名みなによりて惡鬼あくきを逐󠄃おひいだす者ものを見みしが、我等われらとともに從したがはぬ故ゆゑに、之これを止とゞめたり』 50 イエス言いひ給たまふ『止とゞむな。汝なんぢらに逆󠄃さからはぬ者ものは、汝なんぢらに附つく者ものなり』

51 イエス天てんに擧あげらるる時とき滿みちんとしたれば、御顏みかほを堅かたくエルサレムに向むけて進󠄃すゝまんとし、 52 己おのれに先さきだちて使󠄃つかひを遣󠄃つかはしたまふ。彼かれら往󠄃ゆきてイエスの爲ために備そなへをなさんとて、サマリヤ人びとの或ある村むらに入いりしに、〘99㌻〙
 135㌻ 
53 村むら人びとそのエルサレムに向むかひて往󠄃ゆき給たまふさまなるが故ゆゑに、イエスを受うけず、 54 弟子でしのヤコブ、ヨハネ、これを見みて言いふ『主しゅよ、我われらが[*]天てんより火ひを呼よび下くだして彼かれらを滅ほろぼすことを欲ほっし給たまふか』[*諸異本「エリヤの爲しし如く」の句あり。] 55 イエス顧󠄃かへりみて彼かれらを[*]戒いましめ、[*異本「戒めて言ひ給ふ、汝らはおのが心の如何なるかを知らぬなり。人の子は、人の生命を亡さんとにあらで、之を救はんとて來れり」の句あり。] 56 遂󠄅つひに相あひ共ともに他ほかの村むらに往󠄃ゆきたまふ。

57 途󠄃みちを往󠄃ゆくとき、或ある人ひとイエスに言いふ『何處いづこに往󠄃ゆき給たまふとも我われは從したがはん』 58 イエス言いひたまふ『狐きつねは穴󠄄あなあり、空󠄃そらの鳥とりは塒ねぐらあり、されど人ひとの子こは枕まくらする所󠄃ところなし』 59 また或ある人ひとに言いひたまふ『我われに從したがへ』かれ言いふ『まづ往󠄃ゆきて我わが父󠄃ちちを葬はうむることを許ゆるし給たまへ』 60 イエス言いひたまふ『死しにたる者ものに、その死しにたる者ものを葬はうむらせ、汝なんぢは往󠄃ゆきて神かみの國くにを言いひ弘ひろめよ』 61 また或ある人ひといふ『主しゅよ、我われなんぢに從したがはん、されど先まづ家いへの者ものに別わかれを吿つぐることを許ゆるし給たまへ』 62 イエス言いひたまふ『手てを鋤すきにつけてのち後うしろを顧󠄃かへりみる者ものは、神かみの國くにに適󠄄かなふ者ものにあらず』

第10章

1 この事ことののち、主しゅ、ほかに七しち十じふ人にんをあげて、自みづから往󠄃ゆかんとする町々まちまち處々ところどころへ、おのれに先さきだち二人ふたりづつを遣󠄃つかはさんとして言いひ給たまふ、 2 『收穫かりいれはおほく、勞働人はたらきびとは少すくなし。この故ゆゑに收穫かりいれの主しゅに勞働人はたらきびとをその收穫場かりいればに遣󠄃つかはし給たまはんことを求もとめよ。 3 往󠄃ゆけ、視みよ、我われなんぢらを遣󠄃つかはすは、羔羊こひつじを豺狼おほかみのなかに入いるるが如ごとし。 4 財布さいふも袋ふくろも鞋くつも携たづさふな。また途󠄃みちにて誰たれにも挨拶あいさつすな。 5 孰いづれの家いへに入いるとも、先まづ平󠄃安へいあんこの家いへにあれと言いへ。 6 もし平󠄃安へいあんの子こ、そこに居をらば、汝なんぢらの祝しくする平󠄃安へいあんはその上うへに留とゞまらん。もし然しからずば、其その平󠄃安へいあんは汝なんぢらに歸かへらん。 7 その家いへにとどまりて、與あたふる物ものを食󠄃くひ飮のみせよ。勞働人はたらきびとのその値あたひを得うるは相應ふさはしきなり。家いへより家いへに移うつるな。
 136㌻ 
8 孰いづれの町まちに入いるとも、人々ひとびとなんぢらを受うけなば、汝なんぢらの前󠄃まへに供そなふる物ものを食󠄃しょくし、 9 其處そこにをる病やまひのものを醫いやし、また「神かみの國くには汝なんぢらに近󠄃ちかづけり」と言いへ。 10 孰いづれの町まちに入いるとも、人々ひとびとなんぢらを受うけずば、大路おほじに出いでて、 11 「我われらの足あしにつきたる汝なんぢらの町まちの塵ちりをも汝なんぢらに對たいして拂はらひ棄すつ、されど神かみの國くにの近󠄃ちかづけるを知しれ」と言いへ。 12 われ汝なんぢらに吿つぐ、かの日ひにはソドムの方かたその町まちよりも耐たへ易やすからん。 13 禍害󠄅わざはひなる哉かな、コラジンよ、禍害󠄅わざはひなる哉かな、ベツサイダよ、汝なんぢらの中うちにて行おこなひたる能力ちからある業わざを、ツロとシドンとにて行おこなひしならば、彼かれらは早はやく荒布あらぬのをき、灰󠄃はひのなかに坐ざして、悔改くいあらためしならん。〘100㌻〙 14 されば審判󠄄さばきにはツロとシドンとのかた汝なんぢ等らよりも、耐たへ易やすからん。 15 カペナウムよ、汝なんぢは天てんにまで擧あげらるべきか、黃泉よみにまで下くだらん。 16 汝なんぢ等らに聽きく者ものは我われに聽きくなり、汝なんぢらを棄すつる者ものは我われを棄すつるなり。我われを棄すつる者ものは我われを遣󠄃つかはし給たまひし者ものを棄すつるなり』

17 七しち十じふ人にんよろこび歸かへりて言いふ『主しゅよ、汝なんぢの名なによりて惡鬼あくきすら我われらに服󠄃ふくす』 18 イエス彼かれらに言いひ給たまふ『われ天てんより閃ひらめく電光いなづまのごとくサタンの落おちしを見みたり。 19 視みよ、われ汝なんぢらに蛇へび・蠍󠄂さそりを踏ふみ、仇あたの凡すべての力ちからを抑おさふる權威󠄂けんゐを授さづけたれば、汝なんぢらを害󠄅そこなふもの斷たえてなからん。 20 然されど靈れいの汝なんぢらに服󠄃ふくするを喜よろこぶな、汝なんぢらの名なの天てんに錄しるされたるを喜よろこべ』

21 その時ときイエス聖󠄃せい靈れいにより喜よろこびて言いひたまふ『天てん地ちの主しゅなる父󠄃ちちよ、われ感謝󠄃かんしゃす、此これ等らのことを智かしこきもの慧󠄄さとき者ものに隱かくして嬰兒みどりごに顯あらはしたまへり。父󠄃ちちよ、然しかり、此かくのごときは御意みこゝろに適󠄄かなへるなり。 22 凡すべての物ものは我われわが父󠄃ちちより委ゆだねられたり。子この誰たれなるを知しる者ものは、父󠄃ちちの外ほかになく、父󠄃ちちの誰たれなるを知しる者ものは、子こまた子この欲ほっするままに顯あらはすところの者ものの外ほかになし』
 137㌻ 
23 斯かくて弟子でしたちを顧󠄃かへりみ窃ひそかに言いひ給たまふ『なんぢらの見みる所󠄃ところを見みる眼めは幸福さいはひなり。 24 われ汝なんぢらに吿つぐ、多おほくの預言者よげんしゃも、王わうも、汝なんぢらの見みるところを見みんと欲ほっしたれど見みず、汝なんぢらの聞きく所󠄃ところを聞きかんと欲ほっしたれど聞きかざりき』

25 視みよ、或ある敎法師けうほふし、立たちてイエスを試こゝろみて言いふ『師しよ、われ永遠󠄄とこしへの生命いのちを嗣つぐためには何なにをなすべきか』 26 イエス言いひたまふ『律法おきてに何なにと錄しるしたるか、汝なんぢいかに讀よむか』 27 答こたへて言いふ『なんぢ心こゝろを盡つくし、精神せいしんを盡つくし、力ちからを盡つくし、思おもひを盡つくして、主しゅたる汝なんぢの神かみを愛あいすべし。また己おのれのごとく汝なんぢの隣となりを愛あいすべし』 28 イエス言いひ給たまふ『なんぢの答こたへは正たゞし。之これを行おこなへ、さらば生いくべし』 29 彼かれおのれを義ぎとせんとしてイエスに言いふ『わが隣となりとは誰たれなるか』 30 イエス答こたへて言いひたまふ『或ある人ひとエルサレムよりエリコに下くだるとき、强盜がうたうにあひしが、强盜がうたうどもその衣ころもを剝はぎ、傷きずを負󠄅おはせ、半󠄃死半󠄃生はんしはんしゃうにして棄すて去さりぬ。 31 或ある祭司さいしたまたま此この途󠄃みちより下くだり、之これを見みてかなたを過󠄃すぎ往󠄃ゆけり。 32 又󠄂またレビ人びとも此處ここにきたり、之これを見みて同おなじく彼方かなたを過󠄃すぎ往󠄃ゆけり 33 然しかるに或あるサマリヤ人びと、旅󠄃たびして其その許もとにきたり、之これを見みて憫あはれみ、 34 近󠄃寄ちかよりて油あぶらと葡萄酒ぶだうしゅとを注そゝぎ傷きずを包󠄃つゝみて己おのが畜けものにのせ、旅󠄃舍はたごやに連󠄃つれゆきて介抱󠄃かいはうし、〘101㌻〙 35 あくる日ひデナリ二ふたつを出いだし、主人あるじに與あたへて「この人ひとを介抱󠄃かいはうせよ。費つひえもし增まさば我わが歸かへりくる時ときに償つくのはん」と言いへり。 36 汝なんぢいかに思おもふか、此この三人さんにんのうち、孰いづれか强盜がうたうにあひし者ものの隣となりとなりしぞ』 37 かれ言いふ『その人ひとに憐憫あはれみを施ほどこしたる者ものなり』イエス言いひ給たまふ『なんぢも往󠄃ゆきて其その如ごとくせよ』

38 斯かくて彼かれら進󠄃すゝみゆく間うちに、イエス或ある村むらに入いり給たまへば、マルタと名なづくる女をんなおのが家いへに迎󠄃むかへ入いる。
 138㌻ 
39 その姉妹しまひにマリヤといふ者ものありて、イエスの足下あしもとに坐ざし、御言みことばを聽ききをりしが、 40 マルタ饗應もてなしのこと多おほくして心こゝろいりみだれ、御許みもとに進󠄃すゝみよりて言いふ『主しゅよ、わが姉妹しまいわれを一人ひとりのこして働はたらかするを、何なにとも思おもひ給たまはぬか、彼かれに命めいじて我われを助たすけしめ給たまへ』 41 主しゅ、答こたへて言いひ給たまふ『マルタよ、マルタよ、汝なんぢさまざまの事ことにより、思おもひ煩わづらひて心勞こゝろづかひす。 42 されど無なくてならぬものは[*]多おほからず、唯一ただひとつのみ、マリヤは善よきかたを選󠄄えらびたり。此これは彼かれより奪うばふべからざるものなり』[*異本「多からず」の句なし。]

第11章

1 イエス或ある處ところにて祈いのり居給ゐたまひしが、その終󠄃をはりしとき、弟子でしの一人ひとりいふ『主しゅよ、ヨハネの其その弟子でしに敎をしへし如ごとく、祈いのることを我われらに敎をしへ給たまへ』 2 イエス言いひ給たまふ『なんぢら祈いのるときに斯かく言いへ「父󠄃ちちよ、願ねがはくは御名みなの崇あがめられん事ことを。御國みくにの來きたらん事ことを。 3 我われら[*]の日用にちようの糧かてを日每ひごとに與あたへ給たまへ。[*異本「御心の天のごとく地にも行はれんことを」との句あり。] 4 我われらに負󠄅債おひめある凡すべての者ものを我われら免ゆるせば、我われらの罪つみをも免ゆるし給たまへ。我われらを嘗試こゝろみにあはせ給たまふな」[*]』[*異本「惡より救ひ出したまへ」の句あり。] 5 また言いひ給たまふ『なんぢらの中うちたれか友ともあらんに、夜半󠄃よなかにその許もとに往󠄃ゆきて「友ともよ、我われに三みつのパンを貸かせ。 6 わが友とも、旅󠄃たびより來きたりしに、之これに供そなふべき物ものなし」と言いふ時とき、 7 かれ內うちより答こたへて「われを煩わづらはすな、戶とははや閉とぢ、子こらは我われと共ともに臥所󠄃ふしどにあり、起󠄃たちて與あたへ難かたし」といふ事ことありとも、 8 われ汝なんぢらに吿つぐ、友ともなるによりては起󠄃たちて與あたへねど、求もとめの切せつなるにより、起󠄃おきて其その要󠄃えうする程󠄃ほどのものを與あたへん。 9 われ汝なんぢらに吿つぐ、求もとめよ、さらば與あたへられん。尋󠄃たづねよ、さらば見出みいださん。門もんを叩たゝけ、さらば開ひらかれん。 10 すべて求もとむる者ものは得え、尋󠄃たづぬる者ものは見出みいだし、門もんを叩たゝく者ものは開ひらかるるなり。 11 汝なんぢ等らのうち父󠄃ちちたる者もの、たれか其その子こ、魚うをを求もとめんに、[*]魚うをの代かわりに蛇へびを與あたへ、[*異本 子と魚との間に「パンを求めんに、石を與へ」の句あり。]
 139㌻ 
12 卵たまごを求もとめんに蠍󠄂さそりを與あたへんや。 13 さらば汝なんぢら惡あしき者ものながら、善よき賜物たまものをその子こらに與あたふるを知しる。まして天てんの父󠄃ちちは求もとむる者ものに聖󠄃せい靈れいを賜たまはざらんや』〘102㌻〙

14 さてイエス啞おふしの惡鬼あくきを逐󠄃おひいだし給たまへば、惡鬼あくきいでて啞おふし、物もの言いひしにより、群衆ぐんじゅうあやしめり。 15 其その中うちの或ある者ものども言いふ『かれは惡鬼あくきの首かしらベルゼブルによりて惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだすなり』 16 また或ある者ものどもは、イエスを試こゝろみんとて天てんよりの徴しるしを求もとむ。 17 イエスその思おもひを知しりて言いひ給たまふ『すべて分󠄃わかれ爭あらそふ國くには亡ほろび、分󠄃わかれ爭あらそふ家いへは倒たふる。 18 サタンもし分󠄃わかれ爭あらそはば、その國くにいかで立たつべき。汝なんぢ等らわが惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだすを、ベルゼブルに由よると言いへばなり。 19 我われもしベルゼブルによりて、惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いださば、汝なんぢらの子こは誰たれによりて之これを逐󠄃おひ出いだすか。この故ゆゑに彼かれらは汝なんぢらの審判󠄄さばき人ひととなるべし。 20 然されど我われもし神かみの指ゆびによりて、惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いださば、神かみの國くには旣󠄁すでに汝なんぢらに到いたれるなり。 21 强つよきもの武具󠄄ぶぐをよろひて己おのが屋敷󠄃やしきを守まもるときは、其その所󠄃有󠄃もちもの、安全󠄃あんぜんなり。 22 然されど更󠄃さらに强つよきもの來きたりて、之これに勝󠄃かつときは、恃たのみとする武具󠄄ぶぐをことごとく奪うばひて、分󠄃捕物ぶんどりものを分󠄃わかたん。 23 我われと偕ともならぬ者ものは我われにそむき、我われと共ともに集あつめぬ者ものは散ちらすなり。 24 穢けがれし靈れい、人ひとを出いづる時ときは、水みづなき處ところを巡󠄃めぐりて、休やすみを求もとむ。されど得えずして言いふ「わが出いでし家いへに歸かへらん」 25 歸かへりて其その家いへの掃󠄃はき淨きよめられ、飾󠄃かざられたるを見み、 26 遂󠄅つひに往󠄃ゆきて己おのれよりも惡あしき他ほかの七なゝつの靈れいを連󠄃つれきたり、共ともに入いりて此處ここに住󠄃すむ。さればその人ひとの後のちの狀さまは、前󠄃まへよりも惡あしくなるなり』

27 此これ等らのことを言いひ給たまふとき、群衆ぐんじゅうの中うちより或ある女をんな、聲こゑをあげて言いふ『幸福さいはひなるかな、汝なんぢを宿やどしし胎たい、なんぢの哺すひし乳󠄃房󠄃ちぶさは』 28 イエス言いひたまふ『更󠄃さらに幸福さいはひなるかな、神かみの言ことばを聽ききて之これを守まもる人ひとは』 29 群衆ぐんじゅうおし集あつまれる時とき、イエス言いひ出いでたまふ『今いまの世よは邪󠄅曲よこしまなる代よにして徴しるしを求もとむ。されどヨナの徴しるしのほかに徴しるしは與あたへられじ。
 140㌻ 
30 ヨナがニネベの人ひとに徴しるしとなりし如ごとく、人ひとの子こもまた今いまの代よに然しからん。 31 南みなみの女王にょわう、審判󠄄さばきのとき、今いまの代よの人ひとと共ともに起󠄃おきて、之これが罪つみを定さだめん。彼かれはソロモンの智慧󠄄ちゑを聽きかんとて地ちの極はてより來きたれり。視みよ、ソロモンよりも勝󠄃まさるもの此處ここにあり。 32 ニネベの人ひと、審判󠄄さばきのとき、今いまの代よの人ひとと共ともに立たちて之これが罪つみを定さだめん。彼かれらはヨナの宣のぶる言ことばによりて悔改くいあらためたり。視みよ、ヨナよりも勝󠄃まさるもの此處ここに在あり。

33 誰たれも燈火ともしびをともして、穴󠄄藏あなぐらの中うちまたは升ますの下したにおく者ものなし。入いり來きたる者ものの光ひかりを見みんために、燈臺とうだいの上うへに置おくなり。 34 汝なんぢの身みの燈火ともしびは目めなり、汝なんぢの目め正たゞしき時ときは、全󠄃身ぜんしん明あかるからん。されど惡あしき時ときは、身みもまた暗󠄃くらからん。 35 この故ゆゑに汝なんぢの內うちの光ひかり、闇やみにはあらぬか、省かへりみよ。〘103㌻〙 36 もし汝なんぢの全󠄃身ぜんしん明あかるくして暗󠄃くらき所󠄃ところなくば、輝かゞやける燈火ともしびに照てらさるる如ごとく、その身み全󠄃まったく明あかるからん』

37 イエスの語かたり給たまへるとき、或あるパリサイ人びとその家いへにて[*]食󠄃事しょくじし給たまはん事ことを請󠄃こひたれば、入いりて席せきに著つきたまふ。[*或は「ひろげ」と譯す。] 38 食󠄃事しょくじ前󠄃まへに手てを洗あらひ給たまはぬを、此このパリサイ人びと見みて怪あやしみたれば、 39 主しゅこれに言いひたまふ『今いまや汝なんぢらパリサイ人びとは、酒杯さかづきと盆󠄃ぼんとの外そとを潔󠄄きよくす、然されど汝なんぢらの內うちは貪慾どんよくと惡あくとにて滿みつるなり。 40 愚おろかなる者ものよ、外そとを造󠄃つくりし者ものは、內うちをも造󠄃つくりしならずや。 41 唯ただその內うちにある物ものを施ほどこせ。さらば、一切すべての物ものなんぢらの爲ために潔󠄄きよくなるなり。

42 禍害󠄅わざはひなるかな、パリサイ人びとよ、汝なんぢらは薄󠄄荷はくか・芸香うんかうその他ほかあらゆる野菜󠄄やさいの十分󠄃じふぶんの一いちを納󠄃をさめて、公󠄃平󠄃こうへいと神かみに對たいする愛あいとを等閑なほざりにす、然されど之これは行おこなふべきものなり。而しかして彼かれもまた等閑なほざりにすべきものならず。 43 禍害󠄅わざはひなるかな、パリサイ人びとよ、汝なんぢらは會堂くわいだうの上座じゃうざ、市場いちばにての敬禮けいれいを喜よろこぶ。
 141㌻ 
44 禍害󠄅わざはひなるかな、汝なんぢらは露あらはれぬ墓はかのごとし。其その上うへを步あゆむ人ひとこれを知しらぬなり』

45 敎法師けうほふしの一人ひとり、答こたへて言いふ『師しよ、斯かゝることを言いふは、我われらをも辱はづかしむるなり』 46 イエス言いひ給たまふ『なんぢら敎法師けうほふしも禍害󠄅わざはひなる哉かな。なんぢら擔になひ難がたき荷にを人ひとに負󠄅おはせて、自みづから指ゆび一ひとつだに其その荷ににつけぬなり。 47 禍害󠄅わざはひなるかな、汝なんぢらは預言者よげんしゃたちの墓はかを建󠄄たつ、之これを殺ころしし者ものは汝なんぢらの先祖せんぞなり。 48 げに汝なんぢらは先祖せんぞの所󠄃作しわざを可よしとする證人あかしびとぞ。それは彼かれらは之これを殺ころし、汝なんぢらは其その墓はかを建󠄄たつればなり。 49 この故ゆゑに神かみの智慧󠄄ちゑ、いへる言ことあり、われ預言者よげんしゃと使󠄃徒しととを彼かれらに遣󠄃つかはさんに、その中うちの或ある者ものを殺ころし、また逐󠄃おひ苦くるしめん。 50 世よの創はじめより流ながされたる凡すべての預言者よげんしゃの血ち、 51 即すなはちアベルの血ちより、祭壇さいだんと聖󠄃所󠄃せいじょとの間あひだにて殺ころされたるザカリヤの血ちに至いたるまでを、今いまの代よに糺たゞすべきなり。然しかり、われ汝なんぢらに吿つぐ、今いまの代よは糺たゞさるべし。 52 禍害󠄅わざはひなるかな、敎法師けうほふしよ、なんぢらは知識ちしきの鍵󠄃かぎを取とり去さりて自みづから入いらず、入いらんとする人ひとをも止とめしなり』

53 此處ここより出いで給たまへば、學者がくしゃ・パリサイ人びとら烈はげしく詰つめ寄よせて樣々さまざまのことを詰なじりはじめ、 54 その口くちより何事なにごとをか捉とらへんと待構󠄃まちかまへたり。〘104㌻〙

第12章

1 その時とき、無數󠄄むすうの人ひとあつまりて、群衆ぐんじゅうふみ合あふばかりなり。イエスまづ弟子でしたちに言いひ出いで給たまふ『なんぢら、パリサイ人びとのパンだねに心こゝろせよ、これ僞善ぎぜんなり。 2 蔽おほはれたるものに露あらはれぬはなく、隱かくれたるものに知しられぬはなし。 3 この故ゆゑに汝なんぢらが暗󠄃くらきにて言いふことは、明あかるきにて聞きこえ、部屋へやの內うちにて耳みゝによりて語かたりしことは、屋やの上うへにて宣のべらるべし。
 142㌻ 
4 我わが友ともたる汝なんぢらに吿つぐ。身みを殺ころして後のちに何なにをも爲なし得えぬ者ものどもを懼おそるな。 5 懼おそるべきものを汝なんぢらに示しめさん。殺ころしたる後のちゲヘナに投なげ入いるる權威󠄂けんゐある者ものを懼おそれよ。われ汝なんぢらに吿つぐ、げに之これを懼おそれよ。 6 五ご羽はの雀すずめは二錢にせんにて賣うるにあらずや、然しかるに其その一いち羽はだに神かみの前󠄃まへに忘󠄃わすれらるる事ことなし。 7 汝なんぢらの頭かしらの髮けまでもみな數󠄄かぞへらる。懼おそるな、汝なんぢらは多おほくの雀すゞめよりも優すぐるるなり。 8 われ汝なんぢらに吿つぐ、凡おほよそ人ひとの前󠄃まへに我われを言いひあらはす者ものを、人ひとの子こもまた神かみの使󠄃つかひたちの前󠄃まへにて言いひあらはさん。 9 されど人ひとの前󠄃まへにて我われを否いなむ者ものは、神かみの使󠄃つかひたちの前󠄃まへにて否いなまれん。 10 凡おほよそ言ことばをもて人ひとの子こに逆󠄃さからふ者ものは赦ゆるされん。然されど聖󠄃せい靈れいを瀆けがすものは赦ゆるされじ。 11 人ひとなんぢらを會堂くわいだう、或あるひは司つかさ、あるひは權威󠄂けんゐある者ものの前󠄃まへに引ひきゆかん時とき、いかに何なにを答こたへ、または何なにを言いはんと思おもひ煩わづらふな。 12 聖󠄃せい靈れいそのとき言いふべきことを敎をしへ給たまはん』

13 群衆ぐんじゅうのうちの或ある人ひといふ『師しよ、わが兄弟きゃうだいに命めいじて、嗣業しげふを我われに分󠄃わかたしめ給たまへ』 14 之これに言いひたまふ『人ひとよ、誰たが我われを立たてて汝なんぢらの裁判󠄄人さいばんにんまた分󠄃配󠄃ぶんぱい者しゃとせしぞ』 15 斯かくて人々ひとびとに言いひたまふ『愼つゝしみて凡すべての慳貪むさぼりをふせげ、人ひとの生命いのちは所󠄃有󠄃もちものの豐ゆたかなるには因よらぬなり』 16 また譬たとへを語かたりて言いひ給たまふ『ある富とめる人ひと、その畑はた豐ゆたかに實みのりたれば、 17 心こゝろの中うちに議はかりて言いふ「われ如何いかにせん、我わが作物さくもつを藏をさめおく處ところなし」 18 遂󠄅つひに言いふ「われ斯かく爲なさん、わが倉くらを毀こぼち、更󠄃さらに大おほいなるものを建󠄄たてて、其處そこにわが穀物こくもつおよび善よき物ものをことごとく藏をさめん。 19 斯かくてわが[*]靈魂たましひに言いはん、靈魂たましひよ、多年たねんを過󠄃すごすに足たる多おほくの善よき物ものを貯たくはへたれば、安やすんぜよ、飮食󠄃のみくひせよ、樂たのしめよ」[*或は「生命」と譯す。] 20 然しかるに神かみかれに「愚おろかなる者ものよ、今宵󠄃こよひなんぢの靈魂たましひとらるべし、然さらば汝なんぢの備そなへたる物ものは、誰たがものとなるべきぞ」と言いひ給たまへり。 21 己おのれのために財たからを貯たくはへ、神かみに對たいして富とまぬ者ものは、斯かくのごとし』
 143㌻ 

22 また弟子でしたちに言いひ給たまふ『この故ゆゑに、われ汝なんぢらに吿つぐ、何なにを食󠄃くらはんと生命いのちのことを思おもひ煩わづらひ、何なにを著きんと體からだのことを思おもひ煩わづらふな。 23 生命いのちは糧かてにまさり、體からだは衣ころもに勝󠄃まさるなり。〘105㌻〙 24 鴉󠄄からすを思おもひ見みよ、播まかず、刈からず、納󠄃屋なやも倉くらもなし。然しかるに神かみは之これを養󠄄やしなひたまふ、汝なんぢら鳥とりに優すぐるること幾許いくばくぞや。 25 汝なんぢらの中うちたれか思おもひ煩わづらひて、[*]身みの長たけ一尺いっしゃくを加くはへ得えんや。[*或は「その生命を寸陰も延󠄅べ得んや」と譯す。] 26 然されば最いと小ちひさき事ことすら能あたはぬに、何なんぞ他ほかのことを思おもひ煩わづらふか。 27 百合ゆりを[*]思おもひ見みよ、紡つむがず、織おらざるなり。然されど我われなんぢらに吿つぐ、榮華えいぐわを極きはめたるソロモンだに其その服󠄃裝よそほひこの花はなの一ひとつにも及しかざりき。[*或は「野の花」と譯す。] 28 今日けふありて、明日あす爐ろに投なげ入いれらるる野のの草くさをも、神かみは斯かく裝よそほひ給たまへば、况まして汝なんぢらをや、ああ信仰しんかううすき者ものよ、 29 なんぢら何なにを食󠄃くひ、何なにを飮のまんと求もとむな、また心こゝろを動うごかすな。 30 是これみな世よの異邦󠄆人いはうじんの切せつに求もとむる所󠄃ところなれど、汝なんぢらの父󠄃ちちは此これ等らの物ものの、なんぢらに必要󠄃ひつえうなるを知しり給たまへばなり。 31 ただ[*]父󠄃ちちの御國みくにを求もとめよ。さらば此これ等らの物ものは、なんぢらに加くはへらるべし。[*異本「神の國」とあり。] 32 懼おそるな小ちひさき群むれよ、なんぢらに御國みくにを賜たまふことは、汝なんぢらの父󠄃ちちの御意みこゝろなり。 33 汝なんぢらの所󠄃有󠄃もちものを賣うりて施濟ほどこしをなせ。己おのがために舊ふるびぬ財布さいふをつくり、盡つきぬ財寳たからを天てんに貯たくはへよ。かしこは盜人ぬすびとも近󠄃ちかづかず、蟲むしも壞やぶらぬなり、 34 汝なんぢらの財寳たからのある所󠄃ところには、汝なんぢらの心こゝろもあるべし。

35 なんぢら腰󠄃こしに帶おびし、燈火ともしびをともして居をれ。 36 主人しゅじん、婚筵こんえんより歸かへり來きたりて戶とを叩たゝかば、直たゞちに開ひらくために待まつ人ひとのごとくなれ。 37 主人しゅじんの來きたるとき、目めを覺さましをるを見みらるる僕しもべどもは幸福さいはひなるかな。われ誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、主人しゅじん帶おびして其その僕しもべどもを食󠄃事しょくじの席せきに就つかせ、進󠄃すゝみて給仕きふじすべし。
 144㌻ 
38 主人しゅじん、夜よの半󠄃なかばごろ若もしくは夜よの明あくる頃ころに來きたるとも、斯かくの如ごとくなるを見みらるる僕しもべどもは幸福さいはひなり。 39 なんぢら之これを[*]知しれ、家主いへあるじもし盜人ぬすびといづれの時とき來きたるかを知しらば、その家いへを穿󠄂うがたすまじ。[*或は「知る」と譯す。] 40 汝なんぢらも備そなへをれ。人ひとの子こは思おもはぬ時ときに來きたればなり』

41 ペテロ言いふ『主しゅよ、この譬たとへを言いひ給たまふは我われらにか、また凡すべての人ひとにか』 42 主しゅいひ給たまふ『主人しゅじんが時ときに及およびて僕しもべどもに定さだめの糧かてを與あたへさする爲ために、その僕しもべどもの上うへに立たつる忠實まめやかにして慧󠄄さとき支󠄂配󠄃人しはいにんは誰たれなるか、 43 主人しゅじんのきたる時とき、かく爲なし居をるを見みらるる僕しもべは幸福さいはひなるかな。 44 われ實まことをもて汝なんぢらに吿つぐ、主人しゅじんすべての所󠄃有󠄃もちものを彼かれに掌つかさどらすべし。 45 若もしその僕しもべ、心こゝろのうちに主人しゅじんの來きたるは遲󠄃おそしと思おもひ、僕しもべ・婢女はしためをたたき、飮食󠄃のみくひして醉ゑひ始はじめなば、 46 その僕しもべの主人しゅじん、おもはぬ日ひ、知しらぬ時ときに來きたりて、之これを[*]烈はげしく笞むちうち、その報むくいを不ふ忠ちゅう者ものと同おなじうせん。[*烈しく笞うち、或は「挽き斬り」と譯す。] 47 主人しゅじんの意こゝろを知しりながら用意よういせず、又󠄂またその意こゝろに從したがはぬ僕しもべは、笞むちうたるること多おほからん。〘106㌻〙 48 然されど知しらずして、打うたるべき事ことをなす者ものは、笞むちうたるること少すくなからん。多おほく與あたへらるる者ものは、多おほく求もとめられん。多おほく人ひとに托あづくれば、更󠄃さらに多おほくその人ひとより請󠄃こひ求もとむべし。

49 我われは火ひを地ちに投とうぜんとて來きたれり。[*]此この火ひすでに燃もえたらんには、我われまた何なにをか望󠄇のぞまん。[*或は「われ何をか望󠄇まん、此の火の旣󠄁に燃えたらんことなり」と譯す。] 50 されど我われには受うくべきバプテスマあり。その成󠄃なし遂󠄅とげらるるまでは思おもひ逼󠄃せまること如何いか許ばかりぞや。 51 われ地ちに平󠄃和へいわを與あたへんために來きたると思おもふか。われ汝なんぢらに吿つぐ、然しからず、反かへつて分󠄃爭ぶんさうなり。 52 今いまより後のち、一家いっかに五ご人にんあらば三人さんにんは二人ふたりに、二人ふたりは三人さんにんに分󠄃わかれ爭あらそはん。 53 父󠄃ちちは子こに、子こは父󠄃ちちに、母ははは娘むすめに、娘むすめは母ははに、姑姆しうとめは嫁よめに、嫁よめは姑姆しうとめに分󠄃わかれ爭あらそはん』
 145㌻ 

54 イエスまた群衆ぐんじゅうに言いひ給たまふ『なんぢら雲くもの西にしより起󠄃おこるを見みれば、直たゞちに言いふ「急󠄃雨はやさめきたらん」と、果はたして然しかり。 55 また南みなみ風かぜふけば、汝なんぢ等らいふ「强つよき暑あつさあらん」と、果はたして然しかり。 56 僞善者ぎぜんしゃよ、汝なんぢら天てん地ちの氣色けはひを辨わきまふることを知しりて、今いまの時ときを辨わきまふること能あたはぬは何なんぞや。 57 また何なに故ゆゑみづから正たゞしき事ことを定さだめぬか。 58 なんぢ訴うったふる者ものとともに司つかさに往󠄃ゆくとき、途󠄃みちにて和解わかいせんことを力つとめよ。恐おそらくは訴うったふる者もの、なんぢを審判󠄄さばき人ひとに引ひきゆき、審判󠄄さばき人ひとなんぢを下役したやくにわたし、下役したやくなんぢを獄ひとやに投なげ入いれん。 59 われ汝なんぢに吿つぐ、一いちレプタも殘のこりなく償つくのはずば、其處そこに出いづること能あたはじ』

第13章

1 その折をりしも或ある人々ひとびときたりてピラトがガリラヤ人びとらの血ちを彼かれらの犧牲いけにへにまじへたりし事ことをイエスに吿つげたれば、 2 答こたへて言いひ給たまふ『かのガリラヤ人びとは斯かゝることに遭󠄃あひたる故ゆゑに、凡すべてのガリラヤ人びとに勝󠄃まされる罪人つみびとなりしと思おもふか。 3 われ汝なんぢらに吿つぐ、然しからず、汝なんぢらも悔改くいあらためずば、皆みなおなじく亡ほろぶべし。 4 又󠄂またシロアムの櫓やぐらたふれて、壓󠄂おし殺ころされし十じふ八人はちにんは、エルサレムに住󠄃すめる凡すべての人ひとに勝󠄃まさりて罪つみの負󠄅債おひめある者ものなりしと思おもふか。 5 われ汝なんぢらに吿つぐ、然しからず、汝なんぢらも悔改くいあらためずば、みな斯かくのごとく亡ほろぶべし』〘107㌻〙

6 又󠄂またこの譬たとへを語かたりたまふ『或ある人ひとおのが葡萄園ぶだうぞのに植うゑありし無花果いちぢくの樹きに來きたりて果みを求もとむれども得えずして、 7 園丁そのつくりに言いふ「視みよ、われ三年さんねんきたりて此この無花果いちぢくの樹きに果みを求もとむれども得えず。これを伐きり倒たふせ、何なんぞ徒いたづらに地ちを塞ふさぐか」 8 答こたへて言いふ「主しゅよ、今年ことしも容ゆるしたまへ、我われその周󠄃圍󠄃まはりを掘ほりて肥料こやしせん。 9 その後のち、果みを結むすばば善よし、もし結むすばずば伐きり倒たふしたまへ」』
 146㌻ 

10 イエス安息あんそく日にちに或ある會堂くわいだうにて敎をしへえたまふ時とき、 11 視みよ、十じふ八はち年ねんのあひだ、病やまひの靈れいに憑つかれたる女をんなあり、屈かゞまりて少すこしも伸のぶること能あたはず。 12 イエスこの女をんなを見み、呼よび寄よせて『女をんなよ、なんぢは病やまひより解とかれたり』と言いひ、 13 之これに手てを按おきたまへば、立刻󠄂たちどころに身みを直すぐにして神かみを崇あがめたり。 14 會堂くわいだう司つかさイエスの安息あんそく日にちに病やまひを醫いやし給たまひしことを憤いきどほり、答こたへて群衆ぐんじゅうに言いふ『働はたらくべき日ひは六日むゆかあり、その間あひだに來きたりて醫いやされよ。安息あんそく日にちには爲せざれ』 15 主しゅこたへて言いひたまふ『僞善者ぎぜんしゃらよ、汝なんぢ等らおのおの安息あんそく日にちには、己おのが牛うしまたは驢馬ろばを小屋こやより解ときいだし、水みづ飼かはんとて牽󠄁ひき往󠄃ゆかぬか。 16 さらば長ながき十じふ八はち年ねんの間あひだサタンに縛󠄃しばられたるアブラハムの娘むすめなる此この女をんなは、安息あんそく日にちにその繋つなぎより解とかるべきならずや』 17 イエス此これ等らのことを言いひ給たまへば、逆󠄃さからふ者ものはみな恥はぢ、群衆ぐんじゅうは擧こぞりてその爲なし給たまへる榮光えいくわうある凡すべての業わざを喜よろこべり。

18 斯かくてイエス言いひたまふ『神かみの國くには何なにに似にたるか、我われこれを何なにに擬なずらへん、 19 一粒ひとつぶの芥種からしだねのごとし。人ひとこれを取とりて己おのれの園そのに播まきたれば、育そだちて樹きとなり、空󠄃そらの鳥とりその枝えだに宿やどれり』 20 また言いひたまふ『神かみの國くにを何なにに擬なずらへんか、 21 パン種だねのごとし。女をんなこれを取とりて、三さん斗との粉󠄃この中なかに入いるれば、ことごとく脹ふくれいだすなり』

22 イエス敎をしへつつ町々まちまち村々むらむらを過󠄃すぎて、エルサレムに旅󠄃たびし給たまふとき、 23 或ある人ひといふ『主しゅよ、救すくはるる者ものは少すくなきか』 24 イエス人々ひとびとに言いひたまふ『力ちからを盡つくして狹せまき門もんより入いれ。我われなんぢらに吿つぐ、入いらん事ことを求もとめて入いり能あたはぬ者ものおほからん。 25 家主いへあるじおきて門もんを閉とぢたる後のち、なんぢら外そとに立たちて「主しゅよ我われらに開ひらき給たまへ」と言いひつつ門もんを叩たゝき始はじめんに、主人あるじこたへて「われ汝なんぢらが何處いづこの者ものなるかを知しらず」と言いはん。 26 その時とき「われらは御前󠄃みまへにて飮食󠄃のみくひし、なんぢは我われらの町まちの大路おほじにて敎をしへ給たまへり」と言いひ出いでんに、
 147㌻ 
27 主人あるじこたへて「われ汝なんぢらが何處いづこの者ものなるかを知しらず、惡あくをなす者ものどもよ、皆みなわれを離はなれ去され」と言いはん。 28 汝なんぢらアブラハム、イサク、ヤコブ及および凡すべての預言者よげんしゃの、神かみの國くにに居をり、己おのれらの逐󠄃おひ出いださるるを見みば、其處そこにて哀哭なげき・切齒はがみする事ことあらん。〘108㌻〙 29 また人々ひとびと、東ひがしより西にしより南みなみより北きたより來きたりて、神かみの國くにの宴えんに就つくべし。 30 視みよ、後あとなる者ものの先さきになり、先さきなる者ものの後あとになる事ことあらん』

31 そのとき或あるパリサイ人びとら、イエスに來きたりて言いふ『いでて此處ここを去さり給たまへ、ヘロデ汝なんぢを殺ころさんとす』 32 答こたへて言いひ給たまふ『往󠄃ゆきてかの狐きつねに言いへ。視みよ、われ今日けふ明日あす、惡鬼あくきを逐󠄃おひ出いだし、病やまひを醫いやし、而しかして三日みっかめに全󠄃まったうせられん。 33 されど今日けふも明日あすも次󠄄つぎの日ひも我われは進󠄃すゝみ往󠄃ゆくべし。それ預言者よげんしゃのエルサレムの外ほかにて死しぬることは有󠄃あるまじきなり。 34 噫あゝエルサレム、エルサレム、預言者よげんしゃたちを殺ころし、遣󠄃つかはされたる人々ひとびとを石いしにて擊うつ者ものよ、牝鷄めんどりの己おのが雛ひなを翼󠄅つばさのうちに集あつむるごとく、我われなんぢの子こどもを集あつめんとせしこと幾度いくたびぞや。然されど汝なんぢらは好このまざりき。 35 視みよ、汝なんぢらの家いへは棄すてられて汝なんぢらに遺󠄃のこらん。我われなんぢらに吿つぐ、「讃ほむべきかな、主しゅの名なによりて來きたる者もの」と、汝なんぢらの言いふ時ときの至いたるまでは、我われを見みざるべし』

第14章

1 イエス安息あんそく日にちに食󠄃事しょくじせんとて、或あるパリサイ人びとの頭かしらの家いへに入いり給たまへば、人々ひとびとこれを窺うかゞふ。 2 視みよ、御前󠄃みまへに水腫すゐきをわづらふ人ひとゐたれば、 3 イエス答こたへて敎法師けうほふしとパリサイ人びととに言いひたまふ『安息あんそく日にちに人ひとを醫いやすことは善よしや否いなや』 4 かれら默然もくねんたり。イエスその人ひとを執とり、醫いやして去さらしめ、 5 且かつかれらに言いひ給たまふ『なんぢらの中うちその[*]子こあるひは其その牛うし、井ゐどに陷おちいらんに、安息あんそく日にちには直たゞちに之これを引揚ひきあげぬ者ものあるか』[*異本「驢馬」とあり。] 6 彼かれ等らこれに對たいして物もの言いふこと能あたはず。
 148㌻ 

7 イエス招まねかれたる者ものの、上席じゃうせきをえらぶを見み、譬たとへをかたりて言いひ給たまふ、 8 『なんぢ婚筵こんえんに招まねかるるとき、上席じゃうせきに著つくな。恐おそらくは汝なんぢよりも貴たふとき人ひとの招まねかれんに、 9 汝なんぢと彼かれとを招まねきたる者ものきたりて「この人ひとに席せきを讓ゆづれ」と言いはん。さらば其その時ときなんぢ恥はぢて末席ばっせきに往󠄃ゆきはじめん。 10 招まねかるるとき、寧むしろ往󠄃ゆきて末席ばっせきに著つけ、さらば招まねきたる者ものきたりて「友ともよ、上かみに進󠄃すゝめ」と言いはん。その時ときなんぢ同席どうせきの者ものの前󠄃まへに譽ほまれあるべし。 11 凡おほよそおのれを高たかうする者ものは卑ひくうせられ、己おのれを卑ひくうする者ものは高たかうせらるるなり』

12 また己おのれを招まねきたる者ものにも言いひ給たまふ『なんぢ晝餐󠄃ひるげまたは夕餐󠄃ゆふげを設まうくるとき、朋友ほういう・兄弟きゃうだい・親族しんぞく・富とめる隣となり人ひとなどをよぶな。恐おそらくは彼かれらも亦またなんぢを招まねきて報むくいをなさん。 13 饗宴ふるまひを設まうくる時ときは、寧むしろ貧󠄃まづしき者もの・不具󠄄かたは・跛者あしなへ・盲人めしひなどを招まねけ。〘109㌻〙 14 彼かれらは報むくゆること能あたはぬ故ゆゑに、なんぢ幸福さいはひなるべし。正たゞしき者ものの復活よみがへりの時ときに報むくいらるるなり』

15 同席どうせきの者ものの一人ひとりこれらの事ことを聞ききてイエスに言いふ『おほよそ神かみの國くににて食󠄃事しょくじする者ものは幸福さいはひなり』 16 之これに言いひたまふ『或ある人ひと、盛󠄃さかんなる夕餐󠄃ゆふげを設まうけて、多おほくの人ひとを招まねく。 17 夕餐󠄃ゆふげの時ときいたりて、招まねきおきたる者ものの許もとに僕しもべを遣󠄃つかはして「來きたれ、旣󠄁すでに備そなはりたり」と言いはしめたるに、 18 皆みなひとしく辭ことわりはじむ。初はじめの者ものいふ「われ田地でんちを買かへり。往󠄃ゆきて見みざるを得えず。請󠄃こふ、許ゆるされんことを」 19 他ほかの者ものいふ「われ五いつ耜󠄃くびきの牛うしを買かへり、之これを驗ためすために往󠄃ゆくなり。請󠄃こふ、許ゆるされんことを」 20 また他ほかも者ものいふ「われ妻つまを娶めとれり、此この故ゆゑに往󠄃ゆくこと能あたはず」 21 僕しもべかへりて此これ等らの事ことをその主人しゅじんに吿つぐ、家主いへあるじいかりて僕しもべに言いふ「とく町まちの大路おほじと小路こうぢとに往󠄃ゆきて、貧󠄃まづしき者もの・不具󠄄かたは者もの・盲人めしひ・跛者あしなへなどを此處ここに連󠄃つれきたれ」
 149㌻ 
22 僕しもべいふ「主しゅよ、仰おほせのごとく爲なしたれど、尙なほ餘あまりの席せきあり」 23 主人しゅじん、僕しもべに言いふ「道󠄃みちや籬󠄂まがきの邊󠄎ほとりにゆき、人々ひとびとを强しひて連󠄃つれきたり、我わが家いへに充みたしめよ。 24 われ汝なんぢらに吿つぐ、かの招まねきおきたる者もののうち、一人ひとりだに我わが夕餐󠄃ゆふげを味あぢはひ得うる者ものなし」』

25 さて大おほいなる群衆ぐんじゅうイエスに伴󠄃ともなひゆきたれば、顧󠄃かへりみて之これに言いひたまふ、 26 『人ひともし我われに來きたりて、その父󠄃ちち母はは・妻つま子こ・兄弟きゃうだい・姉妹しまい・己おのが生命いのちまでも憎にくまずば、我わが弟子でしとなるを得えず。 27 また己おのが十字架じふじかを負󠄅おひて我われに從したがふ者ものならでは、我わが弟子でしと爲なるを得えず。 28 汝なんぢらの中うちたれか櫓やぐらを築きづかんと思おもはば、先まづ坐ざして其その費つひえをかぞへ、己おのが所󠄃有󠄃もちもの、竣工しゅんこうまでに足たるか否いなかを計はからざらんや。 29 然しからずして基もとゐを据すゑ、もし成󠄃就じゃうじゅすること能あたはずば、見みる者ものみな嘲󠄂笑あざわらひて、 30 「この人ひとは築きづきかけて成󠄃就じゃうじゅすること能あたはざりき」と言いはん。 31 又󠄂またいづれの王わうか出いでて他ほかの王わうと戰爭たゝかひをせんに、先まづ坐ざして、此この一萬いちまん人にんをもて、かの二萬にまん人にんを率󠄃ひきゐきたる者ものに對むかひ得うるか否いなか籌はからざらんや。 32 もし及しかずば、敵てきなほ遠󠄄とほく隔󠄃へだてるうちに使󠄃つかひを遣󠄃つかはして和睦わぼくを請󠄃こふべし。 33 斯かくのごとく汝なんぢらの中うちその一切すべての所󠄃有󠄃もちものを退󠄃しりぞくる者ものならでは、我わが弟子でしとなるを得えず。 34 鹽しほは善よきものなり、然されど鹽しほもし效力かうりょくを失うしなはば、何なにによりてか味あぢつけられん。 35 土つちにも肥料こえにも適󠄄てきせず、外そとに棄すてらるるなり。聽きく耳みみある者ものは聽きくべし』〘110㌻〙

第15章

1 取税人しゅぜいにん・罪人つみびと等どもみな御言みことばを聽きかんとて近󠄃寄ちかよりたれば、 2 パリサイ人びと・學者がくしゃら呟つぶやきて言いふ、『この人ひとは罪人つみびとを迎󠄃むかへて食󠄃しょくを共ともにす』
 150㌻ 

3 イエス之これに譬たとへを語かたりて言いひ給たまふ、 4 『なんぢらの中うちたれか百匹󠄃ひゃくひきの羊ひつじを有󠄃もたんに、若もしその一匹󠄃いっぴきを失うしなはば、九く十じふ九く匹󠄃ひきを野のにおき、往󠄃ゆきて失うせたる者ものを見み出いだすまでは尋󠄃たづねざらんや。 5 遂󠄅つひに見出みいださば、喜よろこびて之これを己おのが肩󠄃かたにかけ、 6 家いへに歸かへりて其その友ともと隣となり人ひととを呼よび集あつめて言いはん「我われとともに喜よろこべ、失うせたる我わが羊ひつじを見出みいだせり」 7 われ汝なんぢらに吿つぐ、斯かくのごとく悔改くいあらたむる一人ひとりの罪人つみびとのためには、悔改くいあらための必要󠄃ひつえうなき九く十じふ九く人にんの正たゞしき者ものにも勝󠄃まさりて、天てんに歡喜よろこびあるべし。

8 又󠄂またいづれの女をんなか銀貨ぎんくわ十じふ枚まいを有󠄃もたんに、若もしその一いち枚まいを失うしなはば、燈火ともしびをともし、家いへを掃󠄃はきて見み出いだすまでは懇ねんごろに尋󠄃たづねざらんや。 9 遂󠄅つひに見出みいださば、其その友ともと隣となり人ひととを呼よび集あつめて言いはん、「我われとともに喜よろこべ、わが失うしなひたる銀貨ぎんくわを見出みいだせり」 10 われ汝なんぢらに吿つぐ、斯かくのごとく悔改くいあらたむる一人ひとりの罪人つみびとのために、神かみの使󠄃つかひたちの前󠄃まへに歡喜よろこびあるべし』

11 また言いひたまふ『或ある人ひとに二人ふたりの息子むすこあり、 12 おとうと父󠄃ちちに言いふ「父󠄃ちちよ、財產ざいさんのうち我わが受うくべき分󠄃ぶんを我われにあたへよ」父󠄃ちちその身代しんだいを二人ふたりに分󠄃わけあたふ。 13 幾日いくひも經へぬに、弟おとうとおのが物ものをことごとく集あつめて、遠󠄄國ゑんごくにゆき、其處そこにて放蕩はうたうにその財產ざいさんを散ちらせり。 14 ことごとく費つひやしたる後のち、その國くにに大おほいなる饑󠄃饉ききんおこり、自みづから乏とぼしくなり始はじめたれば、 15 往󠄃ゆきて其その地ちの或ある人ひとに依附よりすがりしに、其その人ひとかれを畑はたに遣󠄃つかはして豚ぶたを飼かはしむ。 16 かれ豚ぶたの食󠄃くらふ蝗いなご豆まめにて、己おのが腹はらを充みたさんと思おもふ程󠄃ほどなれど何なにをも與あたふる人ひとなかりき。 17 此このとき我われに反かへりて言いふ『わが父󠄃ちちの許もとには食󠄃物しょくもつあまれる雇󠄃人やとひびといくばくぞや、然しかるに我われは飢󠄄うゑてこの處ところに死しなんとす。 18 起󠄃たちて我わが父󠄃ちちにゆき「父󠄃ちちよ、われは天てんに對たいし、また汝なんぢの前󠄃まへに罪つみを犯をかしたり。 19 今いまより汝なんぢの子こと稱󠄄となへらるるに相應ふさはしからず、雇󠄃人やとひびとの一人ひとりのごとく爲なし給たまへ』と言いはん」
 151㌻ 
20 乃すなはち起󠄃たちて其その父󠄃ちちのもとに往󠄃ゆく。なほ遠󠄄とほく隔󠄃へだてりたるに、父󠄃ちちこれを見みて憫あはれみ、走はしりゆき、其その頸くびを抱󠄃いだきて接吻くちつけせり。 21 子こ、父󠄃ちちにいふ「父󠄃ちちよ、我われは天てんに對たいし又󠄂またなんぢの前󠄃まへに罪つみを犯をかしたり。今いまより汝なんぢの子こと稱󠄄となへらるるに相應ふさはしからず」 22 然されど父󠄃ちち、僕しもべどもに言いふ「とくとく最上さいじゃうの衣ころもを持もち來きたりて之これに著きせ、その手てに指輪ゆびわをはめ、其その足あしに鞋くつをはかせよ。 23 また肥こえたる犢こうしを牽󠄁ひききたりて屠󠄃ほふれ、我われら食󠄃しょくして樂たのしまん。〘111㌻〙 24 この我わが子こ、死しにて復また生いき、失うせて復また得えられたり」斯かくて、かれら樂たのしみ始はじむ。 25 然しかるに其その兄あに、畑はたにありしが、歸かへりて家いへに近󠄃ちかづきたるとき、音󠄃樂なりものと舞踏をどりとの音󠄃おとを聞きき、 26 僕しもべの一人ひとりを呼よびてその何事なにごとなるかを問とふ。 27 答こたへて言いふ「なんぢの兄弟きゃうだい、歸かへりたり、その恙つゝがなきを迎󠄃むかへたれば、汝なんぢの父󠄃ちち、肥こえたる犢こうしを屠󠄃ほふれるなり」 28 兄あに、怒いかりて內うちに入いることを好このまざりしかば、父󠄃ちちいでて勸󠄂すゝめしに、 29 答こたへて父󠄃ちちに言いふ「視みよ、我われは幾歳いくとせも、なんぢに仕つかへて、未いまだ汝なんぢの命令めいれいに背そむきし事ことなきに、我われには小こ山羊やぎ一匹󠄃いっぴきだに與あたへて友ともと樂たのしましめし事ことなし。 30 然しかるに遊󠄃女あそびめらと共ともに、汝なんぢの身代しんだいを食󠄃くらひ盡つくしたる此この汝なんぢの子こ、歸かへり來きたれば、之これがために肥こえたる犢こうしを屠󠄃ほふれり」 31 父󠄃ちちいふ「子こよ、なんぢは常つねに我われとともに在あり、わが物ものは皆みななんぢの物ものなり。 32 然されど此この汝なんぢの兄弟きゃうだいは死しにて復また生いき、失うせて復また得えられたれば、我われらの樂たのしみ喜よろこぶは當然たうぜんなり」』

第16章

1 イエスまた弟子でしたちに言いひ給たまふ『或ある富とめる人ひとに一人ひとりの支󠄂配󠄃人しはいにんあり、主人しゅじんの所󠄃有󠄃もちものを費つひやしをりと訴うったへられたれば、 2 主人しゅじんかれを呼よびて言いふ「わが汝なんぢにつきて聞きく所󠄃ところは、これ何事なにごとぞ、務つとめの報吿はうこくをいだせ、汝なんぢこののち支󠄂配󠄃人しはいにんたるを得えじ」 3 支󠄂配󠄃人しはいにん、心こゝろのうちに言いふ「如何いかにせん、主人しゅじんわが職つとめを奪うばふ。われ土つち掘ほるには力ちからなく、物もの乞こふは恥はづかし。
 152㌻ 
4 我われなすべき事ことこそ知しりたれ、斯かく爲せば職つとめを罷やめらるるとき、人々ひとびとその家いへに我われを迎󠄃むかふるならん」とて、 5 主人しゅじんの負󠄅債者ふさいしゃを一人ひとり一人ひとり呼よびよせて、初はじめの者ものに言いふ「なんぢ我わが主人しゅじんより負󠄅おふところ何なに程󠄃ほどあるか」 6 答こたへて言いふ「油あぶら、百ひゃく樽たる」支󠄂配󠄃人しはいにんいふ「なんぢの證書しょうしょをとり、早はやく坐ざして五ご十じふと書かけ」 7 又󠄂またほかの者ものに言いふ「負󠄅おふところ何なに程󠄃ほどあるか」答こたへて言いふ「麥むぎ、百ひゃく石こく」支󠄂配󠄃人しはいにんいふ「なんぢの證書しょうしょをとりて八はち十じふと書かけ」 8 爰こゝに主人しゅじん、不義ふぎなる支󠄂配󠄃人しはいにんの爲なしし事ことの巧たくみなるによりて、彼かれを譽ほめたり。この世よの子こらは、己おのが時代じだいの事ことには、光ひかりの子こらよりも巧たくみなり。 9 われ汝なんぢらに吿つぐ、不義ふぎの富とみをもて、己おのがために友ともをつくれ。さらば富とみの失うする時とき、その友ともなんぢらを永遠󠄄とこしへの住󠄃居すまひに迎󠄃むかへん。 10 小事せうじに忠ちゅうなる者ものは大事だいじにも忠ちゅうなり。小事せうじに不ふ忠ちゅうなる者ものは大事だいじにも不ふ忠ちゅうなり。 11 然さらば汝なんぢ等らもし不義ふぎの富とみに忠ちゅうならずば、誰たれか眞󠄃まことの富とみを汝なんぢらに任まかすべき。 12 また汝なんぢ等らもし人ひとのものに忠ちゅうならずば、誰たれか汝なんぢ等らのものを汝なんぢらに與あたふべき。 13 僕しもべは二人ふたりの主しゅに兼󠄄かね事つかふること能あたはず、或あるひは之これを憎にくみ彼かれを愛あいし、或あるひは之これに親したしみ彼かれを輕かろしむべければなり。汝なんぢら神かみと富とみとに兼󠄄かね事つかふること能あたはず』〘112㌻〙

14 爰こゝに慾よく深ふかきパリサイ人びと等らこの凡すべての事ことを聞ききてイエスを嘲󠄂笑あざわらふ。 15 イエス彼かれらに言いひ給たまふ『なんぢらは人ひとのまへに己おのれを義ぎとする者ものなり。然されど神かみは汝なんぢらの心こゝろを知しりたまふ。人ひとのなかに尊󠄅たふとばるる者ものは、神かみのまへに憎にくまるる者ものなり。 16 律法おきてと預言者よげんしゃとは、ヨハネまでなり、その時ときより神かみの國くには宣傳のべつたへられ、人ひとみな烈はげしく攻せめて之これに入いる。 17 されど律法おきての一畫いっかくの落おつるよりも天てん地ちの過󠄃すぎ往󠄃ゆくは易やすし。 18 凡すべてその妻つまを出いだして、他ほかに娶めとる者ものは、姦淫かんいんを行おこなふなり。また夫をっとより出いだされたる女をんなを娶めとる者ものも姦淫かんいんを行おこなふなり。
 153㌻ 

19 或ある富とめる人ひとあり、紫色むらさきの衣ころもと細布ほそぬのとを著きて、日々ひび奢おごり樂たのしめり。 20 又󠄂またラザロといふ貧󠄃まづしき者ものあり、腫物しゅもつにて腫はれただれ、富とめる人ひとの門もんに置おかれ、 21 その食󠄃卓しょくたくより落おつる物ものにて飽󠄄あかんと思おもふ。而しかして犬いぬども來きたりて其その腫物しゅもつを舐ねぶれり。 22 遂󠄅つひにこの貧󠄃まづしきもの死しに、御使󠄃みつかひたちに携たづさへられてアブラハムの懷裏ふところに入いれり。富とめる人ひともまた死しにて葬はうむられしが、 23 黃泉よみにて苦惱くるしみの中うちより目めを擧あげて遙はるかにアブラハムと其その懷裏ふところにをるラザロとを見みる。 24 乃すなはち呼よびて言いふ「父󠄃ちちアブラハムよ、我われを憐あはれみて、ラザロを遣󠄃つかはし、その指ゆびの先さきを水みづに浸󠄃ひたして我わが舌したを冷ひやさせ給たまへ、我われはこの焰ほのほのなかに悶もだゆるなり」 25 アブラハム言いふ「子こよ、憶おもへ、なんぢは生いける間あひだ、なんぢの善よき物ものを受うけ、ラザロは惡あしき物ものを受うけたり。今いまここにて彼かれは慰なぐさめられ、汝なんぢは悶もだゆるなり。 26 然しかのみならず此處ここより汝なんぢらに渡わたり往󠄃ゆかんとすとも得えず、其處そこより我われらに來きたり得えぬために、我われらと汝なんぢらとの間あひだに大おほいなる淵ふち定さだめおかれたり」 27 富とめる人ひとまた言いふ「さらば父󠄃ちちよ、願ねがはくは我わが父󠄃ちちの家いへにラザロを遣󠄃つかはしたまへ。 28 我われに五ご人にんの兄弟きゃうだいあり、この苦痛くるしみのところに來きたらぬやう、彼かれらに證あかしせしめ給たまへ」 29 アブラハム言いふ「彼かれらにはモーセと預言者よげんしゃとあり、之これに聽きくべし」 30 富とめる人ひといふ「いな父󠄃ちちアブラハムよ、もし死人しにんの中うちより彼かれらに往󠄃ゆく者ものあらば、悔改くいあらためん」 31 アブラハム言いふ「もしモーセと預言者よげんしゃとに聽きかずば、たとひ死人しにんの中うちより甦よみがへる者ものありとも、其その勸󠄂すゝめを納󠄃いれざるべし」』

第17章

1 イエス弟子でしたちに言いひ給たまふ『躓物つまづきは必かならず來きたらざるを得えず、されど之これを來きたらす者ものは禍害󠄅わざはひなるかな。 2 この小ちひさき者ものの一人ひとりを躓つまづかするよりは、寧むしろ碾臼ひきうすの石いしを頸くびに懸かけられて、海うみに投なげ入いれられんかた善よきなり。
 154㌻ 
3 汝なんぢ等らみづから心こゝろせよ。もし汝なんぢの兄弟きゃうだい、罪つみを犯をかさば、これを戒いましめよ。もし悔改くいあらためなば之これをゆるせ。〘113㌻〙 4 もし一日いちにちに七度なゝたびなんぢに罪つみを犯をかし、七度なゝたび「くい改あらたむ」と言いひて、汝なんぢに歸かへらば之これをゆるせ』

5 使󠄃徒しとたち主しゅに言いふ『われらの信仰しんかうを增ましたまへ』 6 主しゅいひ給たまふ『もし芥種からしだね一粒ひとつぶほどの信仰しんかうあらば、此この[*]桑くはの樹きに「拔ぬけて、海うみに植うわれ」と言いふとも汝なんぢらに從したがふべし。[*原語「スカミノ」] 7 汝なんぢ等らのうち誰たれか或あるひは耕󠄃たがやし、或あるひは牧ぼくする僕しもべを有󠄃もたんに、その僕しもべ、畑はたより歸かへりたる時とき、これに對むかひて「直たゞちに來きたり食󠄃しょくに就つけ」と言いふ者ものあらんや。 8 反かへつて「わが夕餐󠄃ゆふげの備そなへをなし、我わが飮食󠄃のみくひするあひだ、帶おびして給仕きふじせよ、然しかる後のちに、なんぢ飮食󠄃のみくひすべし」と言いふにあらずや。 9 僕しもべ、命めいぜられし事ことを爲なしたればとて、主人しゅじんこれに謝󠄃しゃすべきか。 10 斯かくのごとく汝なんぢらも命めいぜられし事ことをことごとく爲なしたる時とき「われらは無む益えきなる僕しもべなり、爲なすべき事ことを爲なしたるのみ」と言いへ』

11 イエス、エルサレムに往󠄃ゆかんとて、サマリヤとガリラヤとの間あひだをとほり、 12 或ある村むらに入いり給たまふとき、十じふ人にんの癩病人らいびゃうにんこれに遇󠄃あひて、遙はるかに立たち止とゞまり、 13 聲こゑを揚あげて言いふ『君きみイエスよ、我われらを憫あはれみたまへ』 14 イエス之これを見みて言いひたまふ『なんぢら往󠄃ゆきて身みを祭司さいしらに見みせよ』彼かれら往󠄃ゆく間あひだに潔󠄄きよめられたり。 15 その中うちの一人ひとり、おのが醫いやされたるを見みて、大聲おほごゑに神かみを崇あがめつつ歸かへりきたり、 16 イエスの足下あしもとに平󠄃伏ひれふして謝󠄃しゃす。これはサマリヤ人びとなり。 17 イエス答こたへて言いひたまふ『十じふ人にんみな潔󠄄きよめられしならずや、九く人にんは何處いづこに在あるか。 18 この他國人たこくにんのほかは、神かみに榮光えいくわうを歸きせんとて歸かへりきたる者ものなきか』 19 斯かくて之これに言いひたまふ『起󠄃たちて往󠄃ゆけ、なんぢの信仰しんかうなんぢを救すくへり』

20 神かみの國くにの何時いつきたるべきかをパリサイ人びとに問とはれし時とき、イエス答こたへて言いひたまふ『神かみの國くには見みゆべき狀さまにて來きたらず。
 155㌻ 
21 また「視みよ、此處ここに在あり」「彼處かしこに在あり」と人々ひとびと言いはざるべし。視みよ、神かみの國くには汝なんぢらの中うちに在あるなり』

22 かくて弟子でしたちに言いひ給たまふ『なんぢら人ひとの子この日ひの一日ひとひを見みんと思おもふ日ひきたらん、然されど見みることを得えじ。 23 そのとき、人々ひとびとなんぢらに「見みよ彼處かしこに、見みよ此處ここに」と言いはん、然されど往󠄃ゆくな、從したがふな。 24 それ電光いなづまの天てんの彼方かなたより閃ひらめきて、天てんの此方こなたに輝かゞやくごとく、人ひとの子こもその日ひには然しかあるべし。 25 然されど人ひとの子こは先まづ多おほくの苦難くるしみを受うけ、かつ今いまの代よに棄すてらるべきなり。 26 ノアの日ひにありし如ごとく、人ひとの子この日ひにも然しかあるべし。 27 ノア方舟はこぶねに入いる日ひまでは、人々ひとびと飮のみ食󠄃くひ娶めとり嫁とつぎなど爲したりしが、洪水こうずゐきたりて彼かれ等らをことごとく滅ほろぼせり。〘114㌻〙 28 ロトの日ひにも斯かくのごとく、人々ひとびと飮のみ食󠄃くひ、賣うり買かひ、植うゑつけ、家や造󠄃づくりなど爲したりしが、 29 ロトのソドムを出いでし日ひに、天てんより火ひと硫黃いわうと降󠄄ふりて、彼かれ等らをことごとく滅ほろぼせり。 30 人ひとの子この顯あらはるる日ひにも、その如ごとくなるべし。 31 その日ひには人ひともし屋やの上うへにをりて、器うつは物もの、家いへの內うちにあらば、之これを取とらんとて下くだるな。畑はたにをる者ものも同おなじく歸かへるな。 32 ロトの妻つまを憶おもへ。 33 おほよそ己おのが生命いのちを全󠄃まったうせんとする者ものは、これを失うしなひ、失うしなふ者ものは、これを保たもつべし。 34 われ汝なんぢらに吿つぐ、その夜よふたりの男をとこ、一ひとつ寢臺ねだいに居をらんに、一人ひとりは取とられ、一人ひとりは遣󠄃つかはされん。 35 二人ふたりの女をんなともに臼うすひき居をらんに、一人ひとりは取とられ、一人ひとりは遣󠄃のこされん』 36 [なし][*][*異本「二人の男畑に居らんに、一人は取られ、一人は遺󠄃されん」との句あり。] 37 弟子でしたち答こたへて言いふ『主しゅよ、それは何處いづこぞ』イエス言いひたまふ『屍體しかばねのある處ところには[*]鷲わしも亦またあつまらん』[*或は「兀鷹」と譯す。]

第18章

1 また彼かれらに落膽きおちせずして常つねに祈いのるべきことを、譬たとへにて語かたり言いひ給たまふ 2 『或ある町まちに神かみを畏おそれず、人ひとを顧󠄃かへりみぬ裁判󠄄人さいばんにんあり。
 156㌻ 
3 その町まちに寡婦󠄃やもめありて、屡次󠄄しばしばその許もとにゆき「我わがために仇あたを審さばきたまへ」と言いふ。 4 かれ久ひさしく聽きき入いれざりしが、其そののち心こゝろの中うちに言いふ「われ神かみを畏おそれず、人ひとを顧󠄃かへりみねど、 5 此この寡婦󠄃やもめわれを煩わづらはせば、我われかれが爲ために審さばかん、然しからずば絕たえず來きたりて我われを惱なやまさん」と』 6 主しゅいひ給たまふ『不義ふぎなる裁判󠄄人さいばんにんの言いふことを聽きけ、 7 まして神かみは夜晝よるひるよばはる選󠄄民せんみんのために、縱たとひ遲󠄃おそくとも遂󠄅つひに審さばき給たまはざらんや。 8 我われなんぢらに吿つぐ、速󠄃すみやかに審さばき給たまはん。然されど人ひとの子この來きたるとき地上ちじゃうに信仰しんかうを見みんや』

9 また己おのれを義ぎと信しんじ、他人たにんを輕かろしむる者ものどもに此この譬たとへを言いひたまふ、 10 『二人ふたりのもの祈いのらんとて宮みやにのぼる、一人ひとりはパリサイ人びと、ひとりは取税人しゅぜいにんなり。 11 パリサイ人びと、たちて心こゝろの中うちに斯かく祈いのる「神かみよ、我われはほかの人ひとの、强奪うばひ・不義ふぎ・姦淫かんいんするが如ごとき者ものならず、又󠄂またこの取税人しゅぜいにんの如ごとくならぬを感謝󠄃かんしゃす。 12 我われは一週󠄃ひとまはりのうちに二度ふたゝび斷食󠄃だんじきし、凡すべて得うるものの十分󠄃じふぶんの一いちを獻さゝぐ」 13 然しかるに取税人しゅぜいにんは遙はるかに立たちて、目めを天てんに向むくる事ことだにせず、胸むねを打うちて言いふ「神かみよ、罪人つみびとなる我われを憫あはれみたまへ」 14 われ汝なんぢらに吿つぐ、この人ひとは、かの人ひとよりも義ぎとせられて、己おのが家いへに下くだり往󠄃ゆけり。おほよそ己おのれを高たかうする者ものは卑ひくうせられ、己おのれを卑ひくうする者ものは高たかうせらるるなり』〘115㌻〙

15 イエスの觸さはり給たまはんことを望󠄇のぞみて、人々ひとびと嬰兒みどりごらを連󠄃つれ來きたりしに、弟子でしたち之これを見みて禁いましめたれば、 16 イエス幼兒をさなごらを呼よびよせて言いひたまふ『幼兒をさなごらの我われに來きたるを許ゆるして止とゞむな、神かみの國くには斯かくのごとき者ものの國くになり。 17 われ誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、おほよそ幼兒をさなごのごとくに、神かみの國くにをうくる者ものならずば、之これに入いることは能あたはず』
 157㌻ 

18 或ある司つかさ、問とひて言いふ『善よき師しよ、われ何なにをなして永遠󠄄とこしへの生命いのちを嗣つぐべきか』 19 イエス言いひ給たまふ『なにゆゑ我われを善よしと言いふか、神かみひとりの他ほかに善よき者ものなし。 20 誡命いましめは、なんぢが知しる所󠄃ところなり「姦淫かんいんするなかれ」「殺ころすなかれ」「盜ぬすむなかれ」「僞證ぎしょうを立たつる勿なかれ」「なんぢの父󠄃ちちと母ははとを敬うやまへ」』 21 彼かれいふ『われ幼おさなき時ときより皆みなこれを守まもれり』 22 イエス之これをききて言いひたまふ『なんぢなほ足たらぬこと一ひとつあり、汝なんぢの有󠄃もてる物ものを、ことごとく賣うりて貧󠄃まづしき者ものに分󠄃わかち與あたへよ、然さらば財寳たからを天てんに得えん。かつ來きたりて我われに從したがへ』 23 彼かれは之これをききて甚いたく悲かなしめり、大おほいに富とめる者ものなればなり。 24 イエス之これを見みて言いひたまふ『富とめる者ものの神かみの國くにに入いるは如何いかに難かたいかな。 25 富とめる者ものの神かみの國くにに入いるよりは、駱駝らくだの針はりの穴󠄄あなをとほるは反かへつて易やすし』 26 之これをきく人々ひとびといふ『さらば誰たれか救すくはるる事ことを得えん』 27 イエス言いひたまふ『人ひとのなし得えぬところは、神かみのなし得うる所󠄃ところなり』 28 ペテロ言いふ『視みよ我等われらわが[*]物ものをすてて汝なんぢに從したがへり』[*或は「我が家」と譯す。] 29 イエス言いひ給たまふ『われ誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、神かみの國くにのために、或あるひは家いへ、或あるひは妻つま、或あるひは兄弟きゃうだい、あるひは兩親ふたおや、あるひは子こを棄すつる者ものは、誰たれにても、 30 今いまの時ときに數󠄄倍すうばいを受うけ、また後のちの世よにて、永遠󠄄とこしへの生命いのちを受うけぬはなし』

31 イエス十二じふに弟子でしを近󠄃ちかづけて言いひたまふ『視みよ、我われらエルサレムに上のぼる。人ひとの子こにつき預言者よげんしゃたちによりて錄しるされたる凡すべての事ことは、成󠄃なし遂󠄅とげらるべし。 32 人ひとの子こは異邦󠄆人いはうじんに付わたされ、嘲󠄂弄てうろうせられ、辱はづかしめられ、唾つばきせられん。 33 彼かれ等らこれを鞭むちうち、かつ殺ころさん。斯かくて彼かれは三日みっかめに甦よみがへるべし』 34 弟子でしたち此これ等らのことを一ひとつだに悟さとらず、此この言ことばかれらに隱かくれたれば、その言いひ給たまひしことを知しらざりき。
 158㌻ 

35 イエス、エリコに近󠄃ちかづき給たまふとき、一人ひとりの盲人めしひ、路みちの傍かたはらに坐ざして、物もの乞こひ居ゐたりしが、 36 群衆ぐんじゅうの過󠄃すぐるを聞ききて、その何事なにごとなるかを問とふ。 37 人々ひとびとナザレのイエスの過󠄃すぎたまふ由よしを吿つげたれば、 38 盲人めしひ、呼よばはりて言いふ『ダビデの子こイエスよ、我われを憫あはれみたまへ』 39 先さきだち往󠄃ゆく者ものども、彼かれを禁いましめて默もださしめんと爲したれど、增々ますますさけびて言いふ『ダビデの子こよ、我われを憫あはれみたまへ』〘116㌻〙 40 イエス立たち止とゞまり盲人めしひを連󠄃つれ來きたるべきことを命めいじ給たまふ。かれ近󠄃ちかづきたれば、 41 イエス問とひ給たまふ『わが汝なんぢに何なにを爲なさんことを望󠄇のぞむか』彼かれいふ『主しゅよ、見みえんことなり』 42 イエス彼かれに『見みることを得えよ、なんぢの信仰しんかうなんぢを救すくへり』と言いひ給たまへば、 43 立刻󠄂たちどころに見みることを得え、神かみを崇あがめてイエスに從したがふ。民たみみな之これを見みて神かみを讃美さんびせり。

第19章

1 エリコに入いりて過󠄃すぎゆき給たまふとき、 2 視みよ、名なをザアカイといふ人ひとあり、取税人しゅぜいにんの長かしらにて富とめる者ものなり。 3 イエスの如何いかなる人ひとなるかを見みんと思おもへど、丈󠄃たけ矮ひくうして群衆ぐんじゅうのために見みること能あたはず、 4 前󠄃まへに走はしりゆき、[*]桑くはの樹きにのぼる。イエスその路みちを過󠄃すぎんとし給たまふ故ゆゑなり。[*原語「スカモラ」] 5 イエス此處ここに至いたりしとき、仰あふぎ見みて言いひたまふ『ザアカイ、急󠄃いそぎおりよ、今日けふわれ汝なんぢの家いへに宿やどるべし』 6 ザアカイ急󠄃いそぎおり、喜よろこびてイエスを迎󠄃むかふ。 7 人々ひとびとみな之これを見みて呟つぶやきて言いふ『かれは罪人つみびとの家いへに入いりて客きゃくとなれり』 8 ザアカイ立たちて主しゅに言いふ『主しゅ、視みよ、わが所󠄃有󠄃もちものの半󠄃なかばを貧󠄃まづしき者ものに施ほどこさん、若もし、われ誣しひ訴うったへて人ひとより取とりたる所󠄃ところあらば、四し倍ばいにして償つぐのはん』 9 イエス言いひ給たまふ『けふ救すくひはこの家いへに來きたれり、此この人ひともアブラハムの子こなればなり。 10 それ人ひとの子この來きたれるは、失うせたる者ものを尋󠄃たづねて救すくはん爲ためなり』
 159㌻ 

11 人々ひとびとこれらの事ことを聽ききゐたるとき、譬たとへを加くはへて言いひ給たまふ。これはイエス、エルサレムに近󠄃ちかづき給たまひ、神かみの國くにたちどころに現あらはるべしと彼かれらが思おもふ故ゆゑなり。 12 乃すなはち言いひたまふ『或ある貴人きにん、王わうの權けんを受うけて歸かへらんとて遠󠄄とほき國くにへ往󠄃ゆくとき、 13 十じふ人にんの僕しもべをよび、之これに金きん十じふミナを付わたして言いふ「わが歸かへるまで商賣しゃうばいせよ」 14 然しかるに其その地ちの民たみかれを憎にくみ、後あとより使󠄃つかひを遣󠄃つかはして「我われらは此この人ひとの我われらの王わうとなることを欲ほっせず」と言いはしむ。 15 貴人きにん、王わうの權けんをうけて歸かへり來きたりしとき、銀かねを付わたし置おきたる僕しもべどもの、如何いかに商賣しゃうばいせしかを知しらんとて彼かれらを呼よばしむ。 16 初はじめのもの進󠄃すゝみ出いでて言いふ「主しゅよ、なんぢの一いちミナは十じふミナを贏󠄅まうけたり」 17 王わういふ「善よいかな、良よき僕しもべ、なんぢは小事せうじに忠ちゅうなりしゆゑ、十とをの町まちを司つかさどるべし」 18 次󠄄つぎの者ものきたりて言いふ「主しゅよ、なんぢの一いちミナは五ごミナを贏󠄅まうけたり」 19 王わうまた言いふ「なんぢも五いつつの町まちを司つかさどるべし」 20 また一人ひとりきたりて言いふ「主しゅ、視みよ、なんぢの一いちミナは此處ここに在あり。我われこれを袱紗ふくさに包󠄃つゝみて藏をさめ置おきたり。〘117㌻〙 21 これ汝なんぢの嚴きびしき人ひとなるを懼おそれたるに因よる。なんぢは置おかぬものを取とり、播まかぬものを刈かるなり」 22 王わういふ「惡あしき僕しもべ、われ汝なんぢの口くちによりて汝なんぢを審さばかん。我われの嚴きびしき人ひとにて、置おかぬものを取とり、播まかぬものを刈かるを知しるか。 23 何なにぞわが金かねを銀行ぎんかうに預あづけざりし、然さらば我われきたりて元金もときんと利子りしとを請󠄃求せいきうせしものを」 24 斯かくて傍かたはらに立たつ者ものどもに言いふ「かれの一いちミナを取とりて十じふミナを有󠄃もてる人ひとに付わたせ」 25 彼かれ等らいふ「主しゅよ、かれは旣󠄁すでに十じふミナを有󠄃もてり」 26 「われ汝なんぢらに吿つぐ、凡すべて有󠄃もてる人ひとはなほ與あたへられ、有󠄃もたぬ人ひとは有󠄃もてるものをも取とらるべし。 27 而しかして我わが王わうたる事ことを欲ほっせぬ、かの仇あたどもを、此處ここに連󠄃つれきたり我わが前󠄃まへにて殺ころせ」』

28 イエス此これ等らのことを言いひてのち、先さきだち進󠄃すゝみてエルサレムに上のぼり給たまふ。
 160㌻ 

29 オリブといふ山やまの麓ふもとなるベテパゲ及およびベタニヤに近󠄃ちかづきし時とき、イエス二人ふたりの弟子でしを遣󠄃つかはさんとして言いひ給たまふ、 30 『向むかひの村むらにゆけ、其處そこに入いらば一度ひとたびも人ひとの乘のりたる事ことなき驢馬ろばの子この繋つなぎあるを見みん、それを解ときて牽󠄁ひききたれ。 31 誰たれかもし汝なんぢらに「なにゆゑ解とくか」と問とはば、斯かく言いふべし「主しゅの用ようなり」と』 32 遣󠄃つかはされたる者ものゆきたれば、果はたして言いひ給たまひし如ごとくなるを見みる。 33 かれら驢馬ろばの子こをとく時とき、その持主もちぬしども言いふ『なにゆゑ驢馬ろばの子こを解とくか』 34 答こたへて言いふ『主しゅの用ようなり』 35 かくて驢馬ろばの子こをイエスの許もとに牽󠄁ひききたり、己おのが衣ころもをその上うへにかけて、イエスを乘のせたり。 36 その往󠄃ゆき給たまふとき、人々ひとびとおのが衣ころもを途󠄃みちに敷󠄃しく。 37 オリブ山やまの下くだりあたりまで近󠄃ちかづき來きたり給たまへば、群むれゐる弟子でし等たちみな喜よろこびて、その見みしところの能力ちからある御業みわざにつき、聲こゑ高たからかに神かみを讃美さんびして言いひ始はじむ、 38 『讃ほむべきかな、主しゅの名なによりて來きたる王わう。天てんには平󠄃和へいわ、至高いとたかき處ところには榮光えいくわうあれ』 39 群衆ぐんじゅうのうちの或あるパリサイ人びとら、イエスに言いふ『師しよ、なんぢの弟子でしたちを禁いましめよ』 40 答こたへて言いひ給たまふ『われ汝なんぢらに吿つぐ、此このともがら默もださば、石いし叫さけぶべし』

41 旣󠄁すでに近󠄃ちかづきたるとき、都みやこを見みやり、之これがために泣なきて言いひ給たまふ、 42 『ああ汝なんぢ、なんぢも若もしこの日ひの間うちに平󠄃和へいわにかかはる事ことを知しりたらんには――然されど今いまなんぢの目めに隱かくれたり。 43 日ひきたりて敵てきなんぢの周󠄃圍󠄃まはりに壘るゐをきづき、汝なんぢを取圍󠄃とりかこみて四方しはうより攻せめ、 44 汝なんぢと、その內うちにある子こらとを地ちに打倒うちたふし、一ひとつの石いしをも石いしの上うへに遺󠄃のこさざるべし。なんぢ眷顧󠄃かへりみの時ときを知しらざりしに因よる』〘118㌻〙 45 斯かくて宮みやに入いり、商あきなひする者ものどもを逐󠄃おひ出いだしはじめ、 46 之これに言いひたまふ『「わが家いへは祈いのりの家いへたるべし」と錄しるされたるに、汝なんぢらは之これを强盜がうたうの巢すとなせり』
 161㌻ 

47 イエス日々ひゞ宮みやにて敎をしへたまふ。祭司長さいしちゃう・學者がくしゃら及および民たみの重立おもだちたる者ものども之これを殺ころさんと思おもひたれど、 48 民たみみな耳みみを傾かたむけて、イエスに聽ききたれば爲なすべき方かたを知しらざりき。

第20章

1 或ある日ひイエス宮みやにて民たみを敎をしへ、福音󠄃ふくいんを宣のべゐ給たまふとき、祭司長さいしちゃう・學者がくしゃらは、長老ちゃうらうどもと共ともに近󠄃ちかづき來きたり、 2 イエスに語かたりて言いふ『なにの權威󠄂けんゐをもて此これ等らの事ことをなすか、此この權威󠄂けんゐを授さづけし者ものは誰たれか、我われらに吿つげよ』 3 答こたへて言いひ給たまふ『われも一言ひとことなんぢらに問とはん、答こたへよ。 4 ヨハネのバプテスマは天てんよりか、人ひとよりか』 5 彼かれら互たがひに論ろんじて言いふ『もし「天てんより」と言いはば「なに故ゆゑかれを信しんぜざりし」と言いはん。 6 もし「人ひとより」と言いはんか、民たみみなヨハネを預言者よげんしゃと信しんずるによりて我われらを石いしにて擊うたん』 7 遂󠄅つひに何處いづこよりか知しらぬ由よしを答こたふ。 8 イエス言いひたまふ『われも何なにの權威󠄂けんゐをもて此これ等らの事ことをなすか、汝なんぢらに吿つげじ』

9 斯かくて次󠄄つぎの譬たとへを民たみに語かたりいで給たまふ『ある人ひと、葡萄園ぶだうぞのを造󠄃つくりて農夫のうふどもに貸かし、遠󠄄とほく旅󠄃立たびだちして久ひさしくなりぬ。 10 時とき至いたりて、葡萄園ぶだうぞのの所󠄃得しょとくを納󠄃をさめしめんとて、一人ひとりの僕しもべを農夫のうふの許もとに遣󠄃つかはししに農夫のうふども之これを打うちたたき、空󠄃手むなでにて歸かへらしめたり。 11 又󠄂またほかの僕しもべを遣󠄃つかはししに、之これをも打うちたたき辱はづかしめ、空󠄃手むなでにて歸かへらしめたり。 12 なほ三度みたびめの者ものを遣󠄃つかはししに、之これをも傷きずつけて逐󠄃おひ出いだしたり。 13 葡萄園ぶだうぞのの主ぬしいふ「われ何なにを爲なさんか。我わが愛いつくしむ子こを遣󠄃つかはさん、或あるひは之これを敬うやまふなるべし」 14 農夫のうふども之これを見みて互たがひに論ろんじて言いふ「これは世嗣よつぎなり。いざ殺ころして其その嗣業しげふを我われらの物ものとせん」 15 斯かくてこれを葡萄園ぶだうぞのの外そとに逐󠄃おひ出いだして殺ころせり。さらば葡萄園ぶだうぞのの主ぬし、かれらに何なにを爲なさんか、 16 來きたりてかの農夫のうふどもを亡ほろぼし、葡萄園ぶだうぞのを他ほかの者ものどもに與あたふべし』人々ひとびとこれを聽ききて言いふ『然しかはあらざれ』
 162㌻ 
17 イエス彼かれらに目めを注とめて言いひ給たまふ『されば 「造󠄃家者いへつくりらの棄すてたる石いしは、 これぞ隅すみの首石おやいしとなれる」と錄しるされたるは何なんぞや。 18 凡おほよそその石いしの上うへに倒たふるる者ものは碎くだけ、又󠄂またその石いし、人ひとの上うへに倒たふるれば、その人ひとを微塵みぢんにせん』〘119㌻〙

19 此このとき學者がくしゃ・祭司長さいしちゃうら、イエスに手てをかけんと思おもひたれど、民たみを恐おそれたり。この譬たとへの己おのれどもを指さして言いひ給たまへるを悟さとりしに因よる。 20 かくて彼かれら機きを窺うかゞひ、イエスを司つかさの支󠄂配󠄃しはいと權威󠄂けんゐとの下もとに付わたさんとて、その言ことばを捉とらふるために義人ぎじんの樣さましたる間諜まはしものどもを遣󠄃つかはしたれば、 21 其その者ものどもイエスに問とひて言いふ『師しよ、我われらは汝なんぢの正たゞしく語かたり、かつ敎をしへ、外貌うはべを取とらず、眞󠄃まことをもて神かみの道󠄃みちを敎をしへ給たまふを知しる。 22 われら貢みつぎをカイザルに納󠄃をさむるは、善よきか、惡あしきか』 23 イエスその惡巧わるだくみを知しりて言いひ給たまふ、 24 『デナリを我われに見みせよ。これは誰たれの像󠄃かたち、たれの號しるしなるか』『カイザルのなり』と答こたふ。 25 イエス言いひ給たまふ『さらばカイザルの物ものはカイザルに、神かみの物ものは神かみに納󠄃をさめよ』 26 かれら民たみの前󠄃まへにて其その言ことばをとらへ得えず、且かつその答こたへを怪あやしみて默もだしたり。

27 また復活よみがへりなしと言いひ張はるサドカイ人びとの或ある者ものども、イエスに來きたり問とひて言いふ、 28 『師しよ、モーセは人ひとの兄弟きゃうだい、もし妻つまあり、子こなくして死しなば、其その兄弟きゃうだいかれの妻つまを娶めとりて、兄弟きゃうだいのために嗣子よつぎを擧あぐべしと、我われらに書かき遣󠄃のこしたり。 29 さて茲こゝに七人しちにんの兄弟きゃうだいありて、兄あに、妻つまを娶めとり、子こなくして死しに、 30 第二だいに、第三だいさんの者ものも之これを娶めとり、 31 七人しちにんみな同おなじく子こを殘のこさずして死しに、 32 後のちには其その女をんなも死しにたり。 33 されば復活よみがへりの時とき、この女をんなは誰たれの妻つまたるべきか、七人しちにんこれを妻つまとしたればなり』
 163㌻ 
34 イエス言いひ給たまふ『この世よの子こらは娶めとり嫁とつぎすれど、 35 かの世よに入いるに、死人しにんの中うちより甦よみがへるに、相應ふさはしと爲せらるる者ものは、娶めとり嫁とつぎすることなし。 36 彼かれ等らははや死しぬること能あたはざればなり。御使󠄃みつかひたちに等ひとしく、また復活よみがへりの子こどもにして、神かみの子供こどもたるなり。 37 死しにたる者ものの甦よみがへる事ことは、モーセも柴しばの條くだりに、主しゅを「アブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみ」と呼よびて之これを示しめせり。 38 神かみは死しにたる者ものの神かみにあらず、生いける者ものの神かみなり。それ神かみの前󠄃まへには皆みな生いけるなり』 39 學者がくしゃのうちの或ある者ものども答こたへて『師しよ、善よく言いひ給たまへり』と言いふ。 40 彼かれ等らははや、何事なにごとをも問とひ得えざりし故ゆゑなり。

41 イエス彼かれらに言いひたまふ『如何いかなれば人々ひとびと、キリストをダビデの子こと言いふか。 42 ダビデ自みづから詩し篇󠄂へんに言いふ、 「主しゅわが主しゅに言いひたまふ、 43 われ汝なんぢの敵てきを汝なんぢの足臺あしだいとなすまでは、 わが右みぎに坐ざせよ」 44 ダビデ斯かく彼かれを主しゅと稱󠄄となふれば、爭いかでその子こならんや』〘120㌻〙

45 民たみの皆みなききをる中うちにて、イエス弟子でしたちに言いひ給たまふ、 46 『學者がくしゃらに心こゝろせよ。彼かれらは長ながき衣ころもを著きて步あゆむことを好このみ、市場いちばにての敬禮けいれい、會堂くわいだうの上座じゃうざ、饗宴ふるまひの上席じゃうせきを喜よろこび、 47 また寡婦󠄃やもめらの家いへを呑のみ、外見みえをつくりて長ながき祈いのりをなす。其その受うくる審判󠄄さばきは更󠄃さらに嚴きびしからん』

第21章

1 イエス目めを擧あげて、富とめる人々ひとびとの納󠄃物をさめものを、賽錢函さいせんばこに投なげ入いるるを見み、 2 また或ある貧󠄃まづしき寡婦󠄃やもめのレプタ二ふたつを投なげ入いるるを見みて言いひ給たまふ、 3 『われ實まことをもて汝なんぢらに吿つぐ、この貧󠄃まづしき寡婦󠄃やもめは、凡すべての人ひとよりも多おほく投なげ入いれたり。
 164㌻ 
4 彼かれらは皆みなその豐ゆたかなる內うちより納󠄃物をさめものの中なかに投なげ入いれ、この寡婦󠄃やもめはその乏とぼしき中なかより、己おのが有󠄃もてる生命いのちの料しろをことごとく投なげ入いれたればなり』

5 或ある人々ひとびと、美麗󠄃みごとなる石いしと獻物さゝげものとにて宮みやの飾󠄃かざられたる事ことを語かたりしに、イエス言いひ給たまふ、 6 『なんぢらが見みる此これ等らの物ものは、一ひとつの石いしも崩󠄃くづされずして石いしの上うへに殘のこらぬ日ひきたらん』 7 彼かれら問とひて言いふ『師しよ、さらば此これ等らのことは何時いつあるか、又󠄂またこれらの事ことの成󠄃ならんとする時ときは如何いかなる兆󠄃しるしあるか』 8 イエス言いひ給たまふ『なんぢら惑まどはされぬように心こゝろせよ、多おほくの者ものわが名なを冐をかし來きたり「われは夫それなり」と言いひ「時ときは近󠄃ちかづけり」と言いはん、彼かれらに從したがふな。 9 戰爭いくさと騷亂さわぎとの事ことを聞きくとき、怖おづな。斯かゝることは先まづあるべきなり。然されど終󠄃をはりは直たゞちに來きたらず』

10 また言いひたまふ『「民たみは民たみに、國くには國くにに逆󠄃さからひて起󠄃たたん」 11 かつ大おほいなる地震ぢしんあり、處々ところどころに疫病えきびゃう・饑󠄃饉ききんあらん。懼おそるべき事ことと天てんよりの大おほいなる兆󠄃しるしとあらん。 12 すべて此これ等らのことに先さきだちて、人々ひとびとなんぢらに手てをくだし、汝なんぢらを責せめん、即すなはち汝なんぢらを會堂くわいだうおよび獄ひとやに付わたし、わが名なのために王わうたち司つかさたちの前󠄃まへに曳ひきゆかん。 13 これは汝なんぢらに證あかしの機をりとならん。 14 然されば汝なんぢら如何いかに答こたへんと預あらかじめ思慮おもんぱかるまじき事ことを心こゝろに定さだめよ。 15 われ汝なんぢらに凡すべて逆󠄃さからふ者ものの、言いひ逆󠄃さからひ、言いひ消󠄃けすことをなし得えざる口くちと智慧󠄄ちゑとを與あたふべければなり。 16 汝なんぢらは兩親ふたおや・兄弟きゃうだい・親族しんぞく・朋友ほういうにさへ付わたされん。又󠄂またかれらは汝なんぢらの中うちの或ある者ものを殺ころさん。 17 汝なんぢ等らわが名なの故ゆゑに凡すべての人ひとに憎にくまるべし。 18 然されど汝なんぢらの頭かしらの髮け一ひとすぢだに失うせじ。 19 汝なんぢらは忍󠄄耐にんたいによりて其その[*]靈魂たましひを得うべし。[*或は「生命」と譯す。]
 165㌻ 

20 汝なんぢらエルサレムが軍勢ぐんぜいに圍󠄃かこまるるを見みば、その亡ほろび近󠄃ちかづけりと知しれ。 21 その時ときユダヤに居をる者ものどもは山やまに遁󠄅のがれよ、都みやこの中うちにをる者ものどもは出いでよ、田舍ゐなかにをる者ものどもは都みやこに入いるな、 22 これ錄しるされたる凡すべての事ことの遂󠄅とげらるべき刑罰けいばつの日ひなり。〘121㌻〙 23 その日ひには孕みごもりたる者ものと、乳󠄃ちゝを哺のまする者ものとは禍害󠄅わざはひなるかな。地ちに大おほいなる艱難なやみありて、御怒みいかりこの民たみに臨のぞみ、 24 彼かれらは劍つるぎの刃󠄃はに斃たふれ、又󠄂または捕とらはれて諸國しょこくに曳ひかれん。而しかしてエルサレムは異邦󠄆人いはうじんの時とき滿みつるまで、異邦󠄆人いはうじんに蹂躪ふみにじらるべし。 25 また日ひ・月󠄃つき・星ほしに兆󠄃しるしあらん。地ちにては國々くに〴〵の民たみなやみ、海うみと濤なみとの鳴なり轟とゞろくによりて狼狽うろたへ、 26 人々ひとびとおそれ、かつ世界せかいに來きたらんとする事ことを思おもひて膽きもを失うしなはん。これ天てんの萬象ばんしゃう、震ふるひ動うごけばなり。 27 其そのとき人々ひとびと、人ひとの子この能力ちからと大おほいなる榮光えいくわうとをもて、雲くもに乘のりきたるを見みん。 28 これらの事こと起󠄃おこり始はじめなば、仰あふぎて首かうべを擧あげよ。汝なんぢらの贖罪あがなひ、近󠄃ちかづけるなり』

29 また譬たとへを言いひたまふ『無花果いちぢくの樹き、また凡すべての樹きを見みよ、 30 旣󠄁すでに芽めざせば、汝なんぢ等らこれを見みてみづから夏なつの近󠄃ちかきを知しる。 31 斯かくのごとく此これ等らのことの起󠄃おこるを見みば、神かみの國くにの近󠄃ちかきを知しれ。 32 われ誠󠄃まことに汝なんぢらに吿つぐ、これらの事ことことごとく成󠄃なるまで、今いまの代よは過󠄃すぎゆくことなし。 33 天てん地ちは過󠄃すぎゆかん、然されど我わが言ことばは過󠄃すぎゆくことなし。

34 汝なんぢ等らみづから心こゝろせよ、恐おそらくは飮食󠄃いんしょくにふけり、世よの煩勞わずらひにまとはれて心こゝろ鈍にぶり、思おもひがけぬ時とき、かの日ひ羂わなのごとく來きたらん。 35 これは徧あまねく地ちの面おもてに住󠄃すめる凡すべての人ひとに臨のぞむべきなり。 36 この起󠄃おこるべき凡すべての事ことをのがれ、人ひとの子このまへに立たち得うるやう、常つねに祈いのりつつ目めを覺さましをれ』 37 イエス晝ひるは宮みやにて敎をしへ、夜よるは出いでてオリブといふ山やまに宿やどりたまふ。 38 民たみはみな御敎みをしへを聽きかんとて、朝󠄃あさとく宮みやにゆき、御許みもとに集あつまれり。
 166㌻ 

第22章

1 さて過󠄃越すぎこしといふ除酵祭じょかうさい、近󠄃ちかづけり。 2 祭司長さいしちゃう・學者がくしゃらイエスを殺ころさんとし、その手段てだていかにと求もとむ、民たみを懼おそれたればなり。

3 時ときにサタン、十二じふにの一人ひとりなるイスカリオテと稱󠄄となふるユダに入いる。 4 ユダ乃すなはち祭司長さいしちゃう・宮守頭みやもりがしらどもに往󠄃ゆきて、イエスを如何いかにして付わたさんと議はかりたれば、 5 彼かれら喜よろこびて銀かねを與あたへんと約やくす。 6 ユダ諾うべなひて群衆ぐんじゅうの居をらぬ時ときにイエスを付わたさんと好よき機をりをうかがふ。

7 過󠄃越すぎこしの羔羊こひつじを屠󠄃ほふるべき除酵祭じょかうさいの日ひ、來きたりたれば、 8 イエス、ペテロとヨハネとを遣󠄃つかはさんとして言いひたまふ『往󠄃ゆきて我われらの食󠄃しょくせん爲ために過󠄃越すぎこしの備そなへをなせ』 9 彼かれら言いふ『何處いづこに備そなふることを望󠄇のぞみ給たまふか』 10 イエス言いひたまふ『視みよ、都みやこに入いらば、水みづをいれたる瓶かめを持もつ人ひとなんぢらに遇󠄃あふべし、之これに從したがひゆき、その入いる所󠄃ところの家いへにいりて、〘122㌻〙 11 家いへの主人あるじに「師しなんぢに言いふ、われ弟子でしらと共ともに過󠄃越すぎこしの食󠄃しょくをなすべき座敷󠄃ざしきは何處いづこなるか」と言いへ。 12 さらば調󠄃とゝのへたる大おほいなる二階にかい座敷󠄃ざしきを見みすべし。其處そこに備そなへよ』 13 かれら出いで往󠄃ゆきて、イエスの言いひ給たまひし如ごとくなるを見みて過󠄃越すぎこしの設備そなへをなせり。 14 時ときいたりてイエス席せきに著つきたまひ、使󠄃徒しとたちも共ともに著つく。 15 斯かくて彼かれらに言いひ給たまふ『われ苦難くるしみの前󠄃まへに、なんぢらと共ともにこの過󠄃越すぎこしの食󠄃しょくをなすことを望󠄇のぞみに望󠄇のぞみたり。 16 われ汝なんぢらに吿つぐ、神かみの國くににて過󠄃越すぎこしの成󠄃就じゃうじゅするまでは我われ復またこれを食󠄃しょくせざるべし』 17 かくて酒杯さかづきを受うけ、かつ謝󠄃しゃして言いひ給たまふ『これを取とりて互たがひに分󠄃わかち飮のめ。
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18 われ汝なんぢらに吿つぐ、神かみの國くにの來きたるまでは、われ今いまよりのち葡萄ぶだうの果みより成󠄃なるものを飮のまじ』 19 またパンを取とり謝󠄃しゃしてさき、弟子でしたちに與あたへて言いひ給たまふ『これは汝なんぢらの爲ために與あたふる我わが體からだなり。我わが記念きねんとして之これを行おこなへ』 20 夕餐󠄃ゆふげののち酒杯さかづきをも然しかして言いひ給たまふ『この酒杯さかづきは汝なんぢらの爲ために流ながす我わが血ちによりて立たつる新あたらしき契󠄅約けいやくなり。 21 然されど視みよ、我われを賣うる者ものの手て、われと共ともに食󠄃卓しょくたくの上うへにあり、 22 實げに人ひとの子こは、定さだめられたる如ごとく逝󠄃ゆくなり。然されど之これをうる者ものは禍害󠄅わざはひなるかな』 23 弟子でしたち己おのれらの中うちにて此この事ことをなす者ものは、誰たれならんと互たがひに問とひ始はじむ。

24 また彼かれらの間あひだに己おのれらの中うちたれか大おほいならんとの爭論あらそひおこりたれば、 25 イエス言いひたまふ『異邦󠄆人いはうじんの王わうは、その民たみを宰つかさどり、また民たみを支󠄂配󠄃しはいする者ものは、恩人おんじんと稱󠄄となへらる。 26 然されど汝なんぢらは然しかあらざれ、汝なんぢ等らのうち大おほいなる者ものは若わかき者もののごとく、頭かしらたる者ものは事つかふる者ものの如ごとくなれ。 27 食󠄃事しょくじの席せきに著つく者ものと事つかふる者ものとは、何いづれか大おほいなる。食󠄃事しょくじの席せきに著つく者ものならずや、然されど我われは汝なんぢらの中うちにて事つかふる者もののごとし。 28 汝なんぢらは我わが甞試こゝろみのうちに絕たえず我われとともに居をりし者ものなれば、 29 わが父󠄃ちちの我われに任にんじ給たまへるごとく、我われも亦またなんぢらに國くにを任にんず。 30 これ汝なんぢらの我わが國くににて我わが食󠄃卓しょくたくに飮食󠄃のみくひし、かつ座位くらゐに坐ざしてイスラエルの十二じふにの族やからを審さばかん爲ためなり。 31 シモン、シモン、視みよ、サタン汝なんぢらを麥むぎのごとく篩ふるはんとて請󠄃こひ得えたり。 32 然されど我われなんぢの爲ためにその信仰しんかうの失うせぬやうに祈いのりたり、なんぢ立たち歸かへりてのち兄弟きゃうだいたちを堅かたうせよ』 33 シモン言いふ『主しゅよ、我われは汝なんぢとともに獄ひとやにまでも、死しにまでも往󠄃ゆかんと覺悟かくごせり』 34 イエス言いひ給たまふ『ペテロよ我われなんぢに吿つぐ、今日けふなんぢ三度みたびわれを知しらずと否いなむまでは鷄にはとり鳴なかざるべし』〘123㌻〙
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35 斯かくて弟子でしたちに言いひ給たまふ『財布さいふ・嚢ふくろ・鞋くつをも持もたせずして汝なんぢらを遣󠄃つかはししとき、缺かけたる所󠄃ところありしや』彼かれら言いふ『無なかりき』 36 イエス言いひ給たまふ『されど今いまは財布さいふある者ものは之これを取とれ、嚢ふくろある者ものも然しかすべし。また劍つるぎなき者ものは衣ころもを賣うりて劍つるぎを買かへ。 37 われ汝なんぢらに吿つぐ「かれは愆人とがにんと共ともに數󠄄かぞへられたり」と錄しるされたるは、我わが身みに成󠄃なし遂󠄅とげらるべし。凡おほよそ我われに係かゝはる事ことは成󠄃なし遂󠄅とげらるればなり』 38 弟子でしたち言いふ『主しゅ、見みたまへ、茲こゝに劍つるぎ二振ふたふりあり』イエス言いひたまふ『足たれり』

39 遂󠄅つひに出いでて常つねのごとく、オリブ山やまに往󠄃ゆき給たまへば、弟子でしたちも從したがふ。 40 其處そこに至いたりて彼かれらに言いひたまふ『誘惑まどはしに入いらぬやうに祈いのれ』 41 斯かくて自みづからは石いしの投なげらるる程󠄃ほどかれらより隔󠄃へだてり、跪ひざまづきて祈いのり言いひたまふ、 42 『父󠄃ちちよ、御旨みむねならば、此この酒杯さかづきを我われより取とり去さりたまへ、然されど我わが意こゝろにあらずして御意みこゝろの成󠄃ならんことを願ねがふ』 43 時ときに天てんより御使󠄃みつかひ、現あらはれて、イエスに力ちからを添そふ。 44 イエス悲かなしみ迫󠄃せまり、いよいよ切せつに祈いのり給たまへば、汗あせは地上ちじゃうに落おつる血ちの雫しづくの如ごとし。 45 祈いのりを了をへ、起󠄃たちて弟子でしたちの許もとにきたり、その憂うれひによりて眠ねむれるを見みて言いひたまふ、 46 『なんぞ眠ねむるか、起󠄃たて誘惑まどはしに入いらぬやうに祈いのれ』 47 なほ語かたりゐ給たまふとき、視みよ、群衆ぐんじゅうあらはれ、十二じふにの一人ひとりなるユダ先さきだち來きたり、イエスに接吻くちつけせんとて近󠄃寄ちかよりたれば、 48 イエス言いひ給たまふ『ユダ、なんぢは接吻くちつけをもて人ひとの子こを賣うるか』 49 御側みそばに居をる者ものども事ことの及およばんとするを見みて言いふ『主しゅよ、われら劍つるぎをもて擊うつべきか』 50 その中うちの一人ひとり、大だい祭司さいしの僕しもべを擊うちて、右みぎの耳みみを切きり落おとせり。 51 イエス答こたへて言いひたまふ『之これにてゆるせ』而しかして僕しもべの耳みみに手てをつけて醫いやし給たまふ。
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52 かくて己おのれに向むかひて來きたれる祭司長さいしちゃう・宮守頭みやもりがしら・長老ちゃうらうらに言いひ給たまふ『なんぢら强盜がうたうに向むかふごとく劍つるぎと棒ぼうとを持もちて出いできたるか。 53 我われは日々ひびなんぢらと共ともに宮みやに居をりしに我わが上うへに手てを伸のべざりき。然されど今いまは汝なんぢらの時とき、また暗󠄃黑くらきの權威󠄂けんゐなり』

54 遂󠄅つひに人々ひとびとイエスを捕とらへて、大だい祭司さいしの家いへに曳ひきゆく。ペテロ遠󠄄とほく離はなれて從したがふ。 55 人々ひとびと、中庭󠄄なかにはのうちに火ひを焚たきて、諸共もろともに坐ざしたれば、ペテロもその中なかに坐ざす。 56 或ある婢女はしためペテロの火ひの光ひかりを受うけて坐ざし居をるを見み、これに目めを注そゝぎて言いふ『この人ひとも彼かれと偕ともにゐたり』 57 ペテロ肯うけがはずして言いふ『をんなよ、我われは彼かれを知しらず』 58 暫しばらくして他ほかの者ものペテロを見みて言いふ『なんぢも彼かれの黨與ともがらなり』ペテロ言いふ『人ひとよ、然しからず』 59 一ひと時ときばかりして又󠄂またほかの男をとこ、言いひ張はりて言いふ『まさしく此この人ひとも彼かれとともに在ありき、是これガリラヤ人びとなり』〘124㌻〙 60 ペテロ言いふ『人ひとよ、我われなんぢの言いふことを知しらず』なほ言いひ終󠄃をへぬに頓やがて鷄にはとり鳴なきぬ。 61 主しゅ、振反ふりかへりてペテロに目めをとめ給たまふ。ここにペテロ主しゅの『今日けふにはとり鳴なく前󠄃まへに、なんぢ三度みたびわれを否いなまん』と言いひ給たまひし御言みことばを憶おもひいだし、 62 外そとに出いでて甚いたく泣なけり。

63 守まもる者ものどもイエスを嘲󠄂弄てうろうし、之これを打うち、 64 その目めを蔽おほひ問とひて言いふ『預言よげんせよ、汝なんぢを擊うちし者ものは誰たれなるか』 65 この他ほかなほ多おほくのことを言いひて、譏󠄃そしれり。

66 夜明よあけになりて民たみの長老ちゃうらう・祭司長さいしちゃう・學者がくしゃら相あひ集あつまり、イエスをその議會ぎくわいに曳ひき出いだして言いふ、 67 『なんぢ若もしキリストならば、我われらに言いへ』イエス言いひ給たまふ『われ言いふとも汝なんぢら信しんぜじ、 68 又󠄂またわれ問とふとも汝なんぢら答こたへじ。 69 然されど人ひとの子こは今いまよりのち神かみの能力ちからの右みぎに坐ざせん』 70 皆みないふ『されば汝なんぢは神かみの子こなるか』答こたへ給たまふ『なんぢらの言いふごとく我われはそれなり』
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71 彼かれら言いふ『何なにぞなほ他ほかに證據しょうこを求もとめんや。我われら自みづからその口くちより聞きけり』

第23章

1 民衆みんしゅうみな起󠄃たちて、イエスをピラトの前󠄃まへに曳ひきゆき、 2 訴うったへ出いでて言いふ『われら此この人ひとが、わが國くにの民たみを惑まどはし、貢みつぎをカイザルに納󠄃をさむるを禁きんじ、かつ自みづから王わうなるキリストと稱󠄄となふるを認󠄃みとめたり』 3 ピラト、イエスに問とひて言いふ『なんぢはユダヤ人びとの王わうなるか』答こたへて言いひ給たまふ『なんぢの言いふが如ごとし』 4 ピラト祭司長さいしちゃうらと群衆ぐんじゅうとに言いふ『われ此この人ひとに愆とがあるを見みず』 5 彼かれ等らますます言いひ募つのり『かれはユダヤ全󠄃國ぜんこくに敎をしへをなして民たみを騷さわがし、ガリラヤより始はじめて、此處ここに至いたる』と言いふ。 6 ピラト之これを聞きき、そのガリラヤ人びとなるかを問とひて、 7 ヘロデの權下けんかの者ものなるを知しり、ヘロデ此この頃ころエルサレムに居ゐたれば、イエスをその許もとに送󠄃おくれり。 8 ヘロデ、イエスを見みて甚いたく喜よろこぶ。これは彼かれに就つきて聞きく所󠄃ところありたれば、久ひさしく逢あはんことを欲ほっし、何なにをか徴しるしを行おこなふを見みんと望󠄇のぞみ居ゐたる故ゆゑなり。 9 かくて多おほくの言ことばをもて問とひたれど、イエス何なにをも答こたへ給たまはず。 10 祭司長さいしちゃう・學者がくしゃら起󠄃たちて激甚ていたくイエスを訴うったふ。 11 ヘロデその兵卒へいそつと共ともにイエスを侮あなどり、かつ嘲󠄂弄てうろうし、華美はなやかなる衣ころもを著きせて、ピラトに返󠄄かへす。 12 ヘロデとピラトと前󠄃さきには仇あたたりしが、此この日ひたがひに親したしくなれり。

13 ピラト、祭司長さいしちゃうらと司つかさらと民たみとを呼よび集あつめて言いふ、 14 『汝なんぢらこの人ひとを民たみを惑まどはす者ものとして曳ひき來きたれり。視みよ、われ汝なんぢらの前󠄃まへにて訊ただしたれど、其その訴うったふる所󠄃ところに就つきて、この人ひとに愆とがあるを見みず。〘125㌻〙 15 ヘロデも亦また然しかり、彼かれを我われらに返󠄄かへしたり。視みよ、彼かれは死しに當あたるべき業わざを爲なさざりき。 16 されば懲こらしめて之これを赦ゆるさん』 17 [なし][*][*異本「かれは祭每に必す一人を赦すべきなり」との句あり。] 18 民衆みんしゅうともに叫さけびて言いふ『この人ひとを除のぞけ、我われらにバラバを赦ゆるせ』
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19 此このバラバは、都みやこに起󠄃おこりし一揆いっきと殺人ひとごろしとの故ゆゑによりて、獄ひとやに入いれられたる者ものなり。 20 ピラトはイエスを赦ゆるさんと欲ほっして、再ふたゝび彼かれらに吿つげたれど、 21 彼かれら叫さけびて『十字架じふじかにつけよ、十字架じふじかにつけよ』と言いふ。 22 ピラト三度みたびまで『彼かれは何なにの惡事あくじを爲なししか、我われその死しに當あたるべき業わざを見みず、故ゆゑに懲こらしめて赦ゆるさん』と言いふ。 23 されど人々ひとびと、大聲おほごゑをあげ迫󠄃せまりて、十字架じふじかにつけんことを求もとめたれば、遂󠄅つひにその聲こゑ勝󠄃かてり。 24 ここにピラトその求もとめの如ごとくすべしと言渡いひわたし、 25 その求もとむるままに、かの一揆いっきと殺人ひとごろしとの故ゆゑによりて獄ひとやに入いれられたる者ものを赦ゆるし、イエスを付わたして彼かれらの心こゝろの隨ままならしめたり。

26 人々ひとびとイエスを曳ひきゆく時とき、シモンといふクレネ人びとの田舍ゐなかより來きたるを執とらへ、十字架じふじかを負󠄅おはせてイエスの後うしろに從したがはしむ。

27 民たみの大おほいなる群むれと、歎なげき悲かなしめる女をんなたちの群むれと之これに從したがふ。 28 イエス振反ふりかへりて女をんなたちに言いひ給たまふ『エルサレムの娘むすめよ、わが爲ために泣なくな、ただ己おのがため、己おのが子このために泣なけ。 29 視みよ「石婦󠄃うまずめ、兒こ產うまぬ腹はら、哺のませぬ乳󠄃ちちは幸福さいはひなり」と言いふ日ひきたらん。 30 その時ときひとびと「山やまに向むかひて我われらの上うへに倒たふれよ、岡をかに向むかひて我われらを掩おほへ」と言いひ出いでん。 31 もし靑あを樹きに斯かく爲なさば、枯樹かれきは如何いかにせられん』

32 また他ほかに二人ふたりの惡人あくにんをも、死罪しざいに行おこなはんとてイエスと共ともに曳ひきゆく。

33 髑髏されかうべといふ處ところに到いたりて、イエスを十字架じふじかにつけ、また惡人あくにんの一人ひとりをその右みぎ、一人ひとりをその左ひだりに十字架じふじかにつく。 34 かくてイエス言いひたまふ『父󠄃ちちよ、彼かれらを赦ゆるし給たまへ、その爲なす所󠄃ところを知しらざればなり』彼かれらイエスの衣ころもを分󠄃わかちて䰗取くじとりにせり、
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35 民たみは立たちて見みゐたり。司つかさたちも嘲󠄂あざけりて言いふ『かれは他人たにんを救すくへり、もし神かみの選󠄄えらび給たまひしキリストならば、己おのれをも救すくへかし』 36 兵卒へいそつどもも嘲󠄂弄てうろうしつつ、近󠄃ちかよりて酸すき葡萄酒ぶだうしゅをさし出いだして言いふ、 37 『なんぢ若もしユダヤ人びとの王わうならば、己おのれを救すくへ』 38 又󠄂またイエスの上うへには『これはユダヤ人びとの王わうなり』との罪標すてふだあり。

39 十字架じふじかに懸かけられたる惡人あくにんの一人ひとり、イエスを譏󠄃そしりて言いふ『なんぢはキリストならずや、己おのれと我われらとを救すくへ』〘126㌻〙 40 他ほかの者ものこれに答こたへ禁いましめて言いふ『なんぢ同おなじく罪つみに定さだめられながら、神かみを畏おそれぬか。 41 我われらは爲なしし事ことの報むくいを受うくるなれば當然たうぜんなり。されど此この人ひとは何なにの不ふ善ぜんをも爲なさざりき』 42 また言いふ『イエスよ、御國みくにに入いり給たまふとき、我われを憶おぼえたまえ』 43 イエス言いひ給たまふ『われ誠󠄃まことに汝なんぢに吿つぐ、今日けふなんぢは我われと偕ともにパラダイスに在あるべし』

44 晝ひるの十二じふに時じごろ、日ひ、光ひかりをうしなひ、地ちのうへ徧あまねく暗󠄃くらくなりて、三時さんじに及および、 45 聖󠄃所󠄃せいじょの幕まく、眞󠄃中まなかより裂さけたり。 46 イエス大聲おほごゑに呼よばはりて言いひたまふ『父󠄃ちちよ、わが靈れいを御手みてにゆだぬ』斯かく言いひて息いき絕たえたまふ。 47 百卒長ひゃくそつちゃうこの有󠄃ありし事ことを見みて、神かみを崇あがめて言いふ『實じつにこの人ひとは義人ぎじんなりき』 48 これを見みんとて集あつまりたる群衆ぐんじゅうも、ありし事ことどもを見みて、みな胸むねを打うちつつ歸かへれり。 49 凡すべてイエスの相識しるべの者ものおよびガリラヤより從したがひ來きたれる女をんなたちも、遙はるかに立たちて此これ等らのことを見みたり。

50 議員ぎゐんにして善ぜんかつ義ぎなるヨセフといふ人ひとあり。 51 ――この人ひとはかの評󠄃議ひゃうぎと仕業しわざとに與くみせざりき――ユダヤの町まちなるアリマタヤの者ものにて、神かみの國くにを待まちのぞめり。 52 此この人ひとピラトの許もとにゆき、イエスの屍體しかばねを乞こひ、 53 これを取とりおろし、亞麻󠄃あま布ぬのにて包󠄃つつみ、巖いはに鑿ほりたる未いまだ人ひとを葬はうむりし事ことなき墓はかに納󠄃をさめたり。
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54 この日ひは準備そなへ日びなり、かつ安息あんそく日にち近󠄃ちかづきぬ。 55 ガリラヤよりイエスと共ともに來きたりし女をんなたち後あとに從したがひ、その墓はかと屍體しかばねの納󠄃をさめられたる樣さまとを見み、 56 歸かへりて香料かうれうと香にほひ油あぶらとを備そなふ。   斯かくて誡命いましめに遵󠄅したがひて、安息あんそく日にちを休やすみたり。

第24章

1 一週󠄃ひとまはりの初はじめの日ひ、朝󠄃あさまだき、女をんなたち備そなへたる香料かうれうを携たづさへて墓はかにゆく。 2 然しかるに石いしの旣󠄁すでに墓はかより轉まろばし除のけあるを見み、 3 內うちに入いりたるに、主しゅイエスの屍體しかばねを見みず、 4 これが爲ために狼狽うろたへをりしに、視みよ、輝かゞやける衣ころもを著きたる二人ふたりの人ひとその傍かたはらに立たてり。 5 女をんなたち懼おそれて面おもてを地ちに伏ふせたれば、その二人ふたりの者ものいふ『なんぞ死しにし者ものどもの中うちに生いける者ものを尋󠄃たづぬるか。 6 彼かれは此處ここに在いまさず、甦よみがへり給たまへり。尙なほガリラヤに居給ゐたまへるとき、如何いかに語かたり給たまひしかを憶おもひ出いでよ。 7 即すなはち「人ひとの子こは必かならず罪つみある人ひとの手てに付わたされ、十字架じふじかにつけられ、かつ三日みっかめに甦よみがへるべし」と言いひ給たまへり』 8 ここに彼かれらその御言みことばを憶おもひ出いで、 9 墓はかより歸かへりて、凡すべて此これ等らのことを十じふ一いち弟子でしおよび凡すべて他ほかの弟子でしたちに吿つぐ。〘127㌻〙 10 この女をんなたちはマグダラのマリヤ、ヨハンナ及およびヤコブの母ははマリヤなり、而しかして彼かれらと共ともに在ありし他ほかの女をんなたちも、之これを使󠄃徒しとたちに吿つげたり。 11 使󠄃徒しとたちは其その言ことばを妄語たはごとと思おもひて信しんぜず。 12 〔[*]ペテロは起󠄃たちて墓はかに走はしりゆき、屈かがみて布ぬののみあるを見み、ありし事ことを怪あやしみつつ歸かへれり〕[*異本十二節を缺く。]

13 視みよ、この日ひ二人ふたりの弟子でし、エルサレムより三里さんりばかり隔󠄃へだたりたるエマオといふ村むらに往󠄃ゆきつつ、 14 凡すべて有󠄃ありし事ことどもを互たがひに語かたりあふ。 15 語かたりかつ論ろんじあふ程󠄃ほどに、イエス自みづから近󠄃ちかづきて共ともに往󠄃ゆき給たまふ。 16 されど彼かれらの目め遮󠄄さへられて、イエスたるを認󠄃みとむること能あたはず。
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17 イエス彼かれらに言いひ給たまふ『なんぢら步あゆみつつ互たがひに語かたりあふ言ことは何なんぞや』かれら悲かなしげなる狀さまにて立たち止とゞまり、 18 その一人ひとりなるクレオパと名なづくるもの答こたへて言いふ『なんぢエルサレムに寓やどり居ゐて、獨ひとり此この頃ころかしこに起󠄃おこりし事ことどもを知しらぬか』 19 イエス言いひ給たまふ『如何いかなる事ことぞ』答こたへて言いふ『ナザレのイエスの事ことなり、彼かれは神かみと凡すべての民たみとの前󠄃まへにて、業わざにも言ことばにも能力ちからある預言者よげんしゃなりしに、 20 祭司長さいしちゃうら及および我わが司つかさらは、死罪しざいに定さだめんとて之これを付わたし遂󠄅つひに十字架じふじかにつけたり。 21 我われらはイスラエルを贖あがなふべき者ものは、この人ひとなりと望󠄇のぞみゐたり、然しかのみならず、此この事ことの有󠄃ありしより今日けふははや三日みっかめなるが、 22 なほ我等われらのうちの或ある女をんなたち、我われらを驚をどろかせり、即すなはち彼かれら朝󠄃あさ夙はやく墓はかに往󠄃ゆきたるに、 23 屍體しかばねを見みずして歸かへり、かつ御使󠄃みつかひたち現あらはれて、イエスは活いき給たまふと吿つげたりと言いふ。 24 我われらの朋輩ともがらの數󠄄人すにんもまた墓はかに往󠄃ゆきて見みれば、正まさしく女をんなたちの言いひし如ごとくにしてイエスを見みざりき』 25 イエス言いひ給たまふ『ああ愚おろかにして預言者よげんしゃたちの語かたりたる凡すべてのことを信しんずるに心こゝろ鈍にぶき者ものよ。 26 キリストは必かならず此これらの苦難くるしみを受うけて、其その榮光えいくわうに入いるべきならずや』 27 かくてモーセ及および凡すべての預言者よげんしゃをはじめ、己おのれに就つきて凡すべての聖󠄃書せいしょに錄しるしたる所󠄃ところを説とき示しめしたまふ。 28 遂󠄅つひに往󠄃ゆく所󠄃ところの村むらに近󠄃ちかづきしに、イエスなほ進󠄃すゝみゆく樣さまなれば、 29 强しひて止とめて言いふ『我われらと共ともに留とゞまれ、時とき夕ゆふべに及およびて、日ひも早はや暮くれんとす』乃すなはち留とゞまらんとて入いりたまふ。 30 共ともに食󠄃事しょくじの席せきに著つきたまふ時とき、パンを取とりて祝しくし、擘さきて與あたへ給たまへば、 31 彼かれらの目め開ひらけてイエスなるを認󠄃みとむ、而しかしてイエス見みえずなり給たまふ。 32 かれら互たがひに言いふ『途󠄃みちにて我われらと語かたり、我われらに聖󠄃書せいしょを説明ときあかし給たまへるとき、我われらの心こゝろ、內うちに燃もえしならずや』
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33 かくて直ただちに立たちエルサレムに歸かへりて見みれば、十じふ一いち弟子でしおよび之これと偕ともなる者ものあつまり居ゐて言いふ、〘128㌻〙 34 『主しゅは實じつに甦よみがへりて、シモンに現あらはれ給たまへり』 35 二人ふたりの者ものもまた途󠄃みちにて有󠄃ありし事ことと、パンを擘さき給たまふによりてイエスを認󠄃みとめし事こととを述󠄃のぶ。 36 此これ等らのことを語かたる程󠄃ほどに、イエスその中なかに立たち[*]〔『平󠄃安へいあんなんぢらに在あれ』と言いひ〕給たまふ。[*異本この句を缺く。] 37 かれら怖おぢ懼おそれて、見みる所󠄃ところのものを靈れいならんと思おもひしに、 38 イエス言いひ給たまふ『なんぢら何なにぞ心こゝろ騷さわぐか、何なにゆゑ心こゝろに疑惑うたがひおこるか、 39 我わが手てわが足あしを見みよ、これ我われなり。我われを撫なでて見みよ、靈れいには肉󠄁にくと骨ほねとなし、我われにはあり、汝なんぢらの見みるごとし』 40 〔[*]斯かく言いひて手てと足あしとを示しめし給たまふ〕[*異本四十節を缺く。] 41 かれら歡喜よろこびの餘あまりに信しんぜずして怪あやしめる時とき、イエス言いひたまふ『此處ここに何なにか食󠄃物しょくもつあるか』 42 かれら炙あぶりたる魚うを一片ひときれを捧ささげたれば、 43 之これを取とり、その前󠄃まへにて食󠄃しょくし給たまへり。

44 また言いひ給たまふ『これらの事ことは、我わがなほ汝なんぢらと偕ともに在ありし時ときに語かたりて、我われに就つきモーセの律法おきて・預言者よげんしゃおよび詩し篇󠄂へんに錄しるされたる凡すべての事ことは、必かならず遂󠄅とげらるべしと言いひし所󠄃ところなり』 45 ここに聖󠄃書せいしょを悟さとらしめんとて、彼かれらの心こゝろを開ひらきて言いひ給たまふ、 46 『かく錄しるされたり、キリストは苦難くるしみを受うけて、三日みっかめに死人しにんの中うちより甦よみがへり、 47 且かつその名なによりて罪つみの赦ゆるしを得えさする悔改くいあらためは、エルサレムより始はじまりて、もろもろの國人くにびとに宣傳のべつたへらるべしと。 48 汝なんぢらは此これ等らのことの證人しょうにんなり。 49 視みよ、我われは父󠄃ちちの約やくし給たまへるものを汝なんぢらに贈おくる。汝なんぢら上うへより能力ちからを著きせらるるまでは都みやこに留とゞまれ』
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50 遂󠄅つひにイエス彼かれらをベタニヤに連󠄃つれゆき、手てを擧あげて之これを祝しくしたまふ。 51 祝しくする間うちに、彼かれらを離はなれ[*]〔天てんに擧あげられ〕給たまふ。[*異本この句を缺く。] 52 彼かれら[之これを拜はいし]大おほいなる歡喜よろこびをもてエルサレムに歸かへり、 53 常つねに宮みやに在ありて、神かみを讃ほめゐたり。〘129㌻〙
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